2人の黄衣の魔女3
先程まで踏み抜き辛かった砂面も、今は足が沈む前に次の足を抜くことができる。
足を繰り出す回転速度も速いから、砂上で軽々と走るという芸当が成せる。
ただ、走ることができたからと言って砂嵐の速度には叶わないだろう。
風の速さに立ち向かおうと考える生き物などこの世にはいない。無謀だと分かっているからだ。
まあリリベルとかは例外なのだが……。
「追い風と横向きに走ると良いよ!」
「おお、そうだな!」
食い気味に賛同して、方向を転換する。
砂嵐に追いつかれることを考えれば、後は如何にして避けるかを考えなければならない。
初めて見る砂漠の嵐がどこまで巨大化するかは見当もつかないが、少なくとも巨大化する前に通り過ぎてもらえば俺たちに被害は出ないとリリベルは踏んだのだろう。
砂嵐を横に見る形で砂漠を駆け抜けていると、否が応でも砂塵が形を広げて砂の大地を覆わんとしている状況が目に入る。
『必死に砂上を走っている君がすごくダサく見える……』
「うるさいわ!」
「え、ごめんなさい……黙るよ」
「いや、違う! リリベルじゃなくてセシルに言ったんだ……ああ、くそっ!」
頭の中でセシルが笑っている。頭の中でなら彼女の魔女の呪いは効力を持たないようで、しっかりと目を開けて笑っていた。目を開けてものを見ることができるからなのか、笑っている彼女は明らかに生き生きとしていた。
だから、それ以上文句は言えなかった。
「リリフラメル、リリベル! 水の準備を頼むぞ!」
「とっくに準備完了しているぞ」
「同じく」
砂塵はみるみる内に巨大化している。遥か空の上に舞った砂が雲の代わりとなっているのか、唸るような大きな音と共に稲光を発している。
雷を伴う砂塵を見たリリベルが「あー! 私の専売特許なのに!」と叫び、とても悔しそうな顔で暴れ始めた。
「暴れるんじゃない!」
「離して欲しい! 私の大好きなものを適当に真似しているアレは許せないよ!」
「真似している訳ではないと思うが……」
兎にも角にもリリベルに暴れ続けてもらっては困るので、彼女を担ぎ直して彼女を胸元に引き寄せる。正直担ぎやすくなってこちらの方が楽だ。
風向きが変わった。
砂の当たりが段々と強くなって来て嵐をふと見ると、砂塵が明らかに此方に向かっている。
「私たち狙いみたいだね」
「干からびるのは御免だ」
明確に意思を持って迫り来る嵐。逃げてはいるが、砂塵を凌げる場所はない砂の大地。
どう考えても万事休すである。
『瞬雷』
彼女の手から放たれた閃光が嵐に向かって迸る。
「効いてるのか?」
「穴は開けられた」
その言い方は無意味であったということを意味していることだけは分かった。
徐々に視界が悪くなり始め、嵐の本体が轟音を立ててやって来る。
風の勢いも凄まじく、勢いに乗って飛来する砂がパチパチと肌にぶつかり、目も開けていられなくなる。
当然、喋れば口の中に砂が紛れてきて、口の中が不快感でいっぱいになる。
「水の準備を!」
もう逃げることは諦めて、2人に全力で水を放出する魔法を詠唱してもらおうと思っていたその時だった。
『瞬雷!』
リリベルの声ではない者が、リリベルがよく詠唱している言葉を放って、俺たちの横をすぐ閃光が通り過ぎていった。
『瞬雷!』
リリベルの雷と比べると頼りない光ではあるが、それでも向かって行った光は一瞬だけ嵐に穴を開けた。
『瞬雷!』
連続で放たれる光が何度も嵐を貫通し、俺たちに今にも襲い掛かりそうだった砂がどんどん別の方向へ吹き飛んで行く。
それでも砂は空中で掻き集められるかのように、元の嵐に戻っていき嵐としての形を依然として保ち続けていた。ほんの僅かな時間稼ぎにはなっているようだが、長くは保たないことは明らかだ。
恐らく、そのことを承知の上で声の主が俺たちを呼び誘った。
「こっちだ!」
その後も雷の筋が流れていて、その光を辿るように全力で走った。
途中リリベルの雷も加勢して、乱れ撃つ雷が嵐に穴を開け続けた。
砂塵に呑み込まれそうで呑み込まれないというギリギリの状態の中で、ひたすら走り続けると、突然視界が晴れて人の姿が目に入る。
「ここまで来たら安全だよ!」
雷を放つ主らしき者が、必死に身振り手振りで此方へ来るように促していて、俺はその地点にまで呼吸を止めて一気に駆け抜けた。
当然だが後ろを振り返ったり立ち止まったりする余裕はない。
頭から突っ込むように飛び入って、声の主の近くに不時着してから、すぐさま後ろの様子を窺う。
もし、彼女の言葉が嘘であったらここで俺たちは終わりかもしれない。半信半疑であったから確認はすぐに行いたかったのだ。
「大丈夫だよ。渇く神はオアシスには近寄ることができないから」
横にいた彼女が呟いた通り、砂塵は俺たちを丸ごと呑み込みかけようとした所で、見えない何かによって弾かれ左右に飛び散っていった。
すぐ目の前で膨大な砂が殺意を持って迫ってきているが、そのひと粒足りとも此方に当たることはなかった。砂嵐は何度も、集まっては迫り集まっては迫りを繰り返していたが、砂をかぶることはなかった。
やがて砂塵は、恨めしそうな人の声に聞こえるかのような轟音を上げてから自壊を始めた。
先程までの悪天候が嘘のように消えた。一瞬で、視界には青空が映り、穏やかな砂漠が広がっていた。




