2人の黄衣の魔女
暑い。
空の真上にいるアレからの攻撃が凄まじい。肌がヒリヒリするし、目蓋をまともに開けていられない。光を遮るものがない中で行動を続けるのは、得策とは言えないだろう。
俺でこの状況なのだから、リリベルはもっと気を付けなければならない。
彼女の白すぎる肌は、あっという間に赤く腫れ上がっている。これ以上肌が赤くならないように、黄色いフード付きのマントを多分に活用してもらった。
彼女はフードは目深に被り、手は常にマントの内側に隠して素肌は見えないようにしている。
当然、そのような出で立ちになればフードやマントの中は熱がこもることになり、彼女は汗を滝のように流している。
リリフラメルが水に関する魔法を習得してくれたおかげで、飲み水に困ることはない。彼女が嫌がっても無理矢理飲ませて水分を補給させていた。
ただ、彼女が嫌がっているのは水を飲むことに対してではないようだ。どうやら、俺が彼女に近付くことを嫌っているようだ。
理由は何となく分かっているが、それでも体調と矜持を天秤にかけることはできない。
獣のような目つきで俺を睨みつけ、腕を広げて口の隙間から蒸気が漏れ出すような吐息を漏らす。威嚇である。
「見ているだけで暑くなるからやめてくれ……」
「これは私と君の戦争だよ」
汗が大地を濡らし、蒸発するまでの短い間だけ道を作る。
踏みつけてできた足跡も、強い風が吹けばすぐに元の景色に戻るだろう。
砂の亡国ネテレロ。
それがこの大地の名前だ。
この広大な砂漠の由来は分からない。伝承とか御伽噺の情報に頼るしか、砂の地の始まりを辿る方法がないからだ。
そして、それが本当なのかは怪しいところだ。何せ、どの伝承や御伽噺も有り得ない数の神と呼ばれる者が登場してくるからだ。
マルムという神らしき者を見ておいて、無神論者とまで言い切ることはできないが、そのような怪しい存在が星の数程存在してたまるかという思いが強くあって、やはり古話を信じ切ることができない。
魔女協会から抜けた俺たちは、今も追われる身である。
『歪んだ円卓の魔女』を含め、名のある魔女を殺してきた殺した俺たちは、彼女たちにとって歴史上最も魔女協会という集合体を破壊した者として認識されている。
故に己の名声と実力の確認のために、無名の魔女たちが昼夜問わずに攻撃を仕掛けてくる。
魔女協会の長であった紫衣の魔女がいなくなった今、彼女たちの自制心は遥か空の彼方へ飛び去ってしまった。魔女たちなりの秩序はなくなり、勝手に冠をつけて名乗る始末である。
緋衣の魔女には1度会ったし、白衣の魔女には3、4度会った。他にも会っているが、黄衣の魔女だけには1度も会ったことがない。
そのことがとても面白くて、たまにリリベルを茶化すのだが、漏れなく彼女が作る料理の味が変化する。怒りの味である。
大馬ヴィルケとその魔物が牽く荷車は、踏ん張りの効かない沼のような砂地では使い物にならなかった。徒歩での移動を余儀なくされるとは思いもしなかった。
馬車が使えないため、いつもの如くリリベルを安全な場所へ置いておきたかったが、魔女の襲撃を考えると共に連れ行くしか手はなかった。
だから過保護なまでに彼女の健康を気遣って、水分補給を強要しているのだ。
「腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ」
リリフラメルは壊れた玩具のように同じ言葉をぶつぶつと唱え続け、怒りと魔力を蓄え続けている。
彼女が怒ると余計に汗が噴き出る羽目になる。彼女の特性によるものなのだが、それを言葉で説明することはできない。
とはいえ、ここにいる誰もがリリフラメルの特性を知っていて、わざわざ言葉にせずとも理解はしている。
彼女は怒っていないと、魔道具である両手両足の義肢が上手く扱えなくなる。魔道具は魔力を必要とするためである。
しかし、俺でも苛立ちを覚えさせる熱砂の中に身を投じているのだから、彼女の魔力が枯渇することはないだろう。
『私も、暑くて辛くなってきた……』
俺の頭の中に居候しているセシルが文句を言ってきた。人の身体に入ってきておいて、その言い草はどうかと思う。
そもそも感覚を共有しているのだと今気付かされた。もしやリリベルとの口づけにも感覚が共有されているのではないかと思うと、寒気がしてくる。
いや、暑い。
「分かった、一旦休もう」
休んでいる暇などないが、これ以上皆の文句や威嚇を受け続けていたら、俺も狂ってしまいそうだ。
具現化の力を使って空からの光を避ける屋根を作って、そこで休憩を取ることにした。
次回は1月1日更新予定です。




