知らざるべき知識
俺はこれまでに何度も死んだ。その度にリリベルも死んでいる。
どうしてこれ程重要なことを忘れていたのか。
リリベルに子を宿したと知った時、彼女が死なないように努めてきたが、そもそも俺も死んではいけなかったのだ。
だが、1つ気になることがある。
俺は何度も死んできた。それこそリリベルに子ができる前もできてからも。
だから、とっくに彼女の子は無事ではないはずなのだ。
無事ではないはずなのだから、白衣の魔女オルラヤから診断された内容とは一致しなくなる。
リリベルがオルラヤと共謀して、子ができたという冗談を言ったのだとしたら話は通るが、まず有り得ないだろう。
恋に傾倒するオルラヤの性格からして、質の悪い冗談を言って、それに一喜一憂する者を見て楽しむ悪人ではないからだ。
リリベルに関しては何も言えない。
彼女は俺の心身を共に守ろうと考えてくれるが、彼女自身が俺を虐めることについては例外にされるし、何よりも彼女は狂っている。
著しく欠如した倫理観に何度も戸惑ってきた思い出がある。
ともなれば、考えられることは1つだ。
リリベルが述べていた、俺にかけられている『魔女の呪い』の代償は嘘だ。
俺にとって、リリベルが死ぬという代償よりもっと重要な事柄が代償になっている。彼女はそれを隠すために嘘を吐いている。
「あれ、あの小煩い男は、どこに行った?」
リリフラメルが周囲を見回して探している男とは、ドミノのことだろう。
俺もひとしきり見回していたが、彼がどこに行ったのかは知る由もない。
少なくとも訳の分からないドラゴンと謎の男を倒して、王も2人倒したのだから、この辺りに脅威はない。また別の王が現れる可能性はあるが、勝手に離れた彼をわざわざ連れ戻す気概はない。そもそも体力は残されていない。
最高の結末とは言えないが、リリベルの異変は止まり、セシルも取り戻すことはできた。
リリベルを背に担ぎ、東の街へ帰ることを決断した。
彼女を背に乗せた瞬間、優しく首に腕が回されて後ろから抱き締められる。
「もう、涙は止まったか?」
「止まったよ。全く、一生分は泣いていた気がするよ」
「そうだろうな」
空にはアレがいたから、まだ周囲の景色は見通しが良い。暗くなる前にこの街を出て、一刻も早く目に悪い景色から逃れたい。
そもそも、なぜここは空も地面も赤いのか。
不思議である。
「しかし、随分とこの辺りは魔力が湧き出ているな」
エリスロースを含め、魔力を鋭敏に知覚できる者たちが口を揃えて、この街に溢れている魔力を不思議そうに見ていた。
彼女たちと比べてリリベル以外の魔力をはっきりと知覚できない俺は、彼女たちのなぜに同調できなかった。
もしかしたら、この赤と魔力は関係しているのかもしれない。
だが、今はどうでも良いことだ。
ほとんど荒地と化したレムレットの首都を後にして、オルラヤたちがいる東側へ向かう。
◆◆◆
「カフォール、なぜ食しているのですか?」
「ジュジジに共感して現世での生をほとんど失った人間の魂」
「私は『何を』ではなく『なぜ』を尋ねているのです」
「間引きのため」
「ヤヴネレフ、エケヒフは亡失した」
「ヘクタに報告します」
「……また規律か」
「何の含みですか、メケロ」
「いいや。ただ、何を言っても規律に従い続ける愚王に一考しただけだ」
「規律が守られてこその地獄です。規律は全てに優先されます」
「ぐぐぐ、規律に傾倒するあまり、地獄の王の亡失を止められずにいるとは、滑稽だ」
「ゼデ、貴方の仕事を止めることは規律に反します」
「仕事? 魔女などという小娘1人に何層もの地獄を失い、仕事ができると思うか?」
「地獄の王がそれ以外の者に翻弄されることは、あってはならないことです」
「取り戻せと言うのか? なくなったものをか?」
「それが規律です」
「ヤヴネレフ、現世で多々死ぬ。魂が多々来る」
「なぜですか?」
「神の力を使って火をおこしていた。でも、それができなくなった。寒くなって、飢えて、死んだ」
「身勝手な者たちに相応しい代償です。魂の清算を行うのです」
「カフォール、予め言っておきます。魂を食してはなりません。規律に反します」
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