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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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認識すべき魔女5

「強い」


 無衣(むえ)の魔女の呟きは結局印象に残りそうになかった。何度聞いても、すぐに忘れてしまいそうな特徴のない声だった。


「たった1人の元黄衣(おうえ)の魔女の付き人に、負けるなんて思ってもいなかったわ」

「俺より強い奴なんてこの世界に星の数程いるだろ」

「知らない。貴方より強い人間なんて知らないわ」


 なぜ足を怪我している訳ではないのに、俺は座っていたのだろう。




 ああ、立ち方を知らなかったのか。




 無衣の魔女が奪ったものが徐々に返却されていくのを感じる。


「でも、このまま負けを認めるのは悔しいわ」


 姿を認識できない無衣の魔女の形が徐々に小さくなっていく気がする。

 セシルの目が無衣の魔女の身体を徐々に消し去っている。奪われた認識が取り戻されていくのと反対に。


 それでも奴の闘志はまだ失われていなかった。

 喉から発せられる音は、確かな音量で此方に伝えられた。


「知らないことの苦しみを与えてあげるわ。貴方たちに、いや、世界中の生物から知ることの喜びを奪ってあげるわ」

「もう抵抗するのはやめろ! この先も大人しくすると誓うのなら、俺が代わりにお前の存在を確立させてやる!」

「■■■■が知っている知らないことを、一生知らずに……済むように」



 此方の言葉は奴の耳には届いていなかった。

 自暴自棄になった無衣の魔女の最後は、世界中の全ての者から何かを奪おうとしていた。


 不穏な言葉を聞いて、一刻も早く無衣の魔女を止めなければならないと悟った。

 セシルの視界に映る無衣の魔女を、最大限の憎悪でもって消し去ろうと念じる。より強く、都合の悪いものだと自らに言い聞かせて、確実に奴の命を奪おうとした。


『俺は黄衣の魔女リリベル・アスコルトの騎士になることを誓う』


 その途中でいきなり、リリベルに放った言葉が鮮明に記憶から呼び起こされた。

 なぜ、今この状況でその言葉が出てきたのか。


 恐らく、セシルに立てた誓いの言葉と似ていたからだ。




 もしかして、無衣の魔女から奪われた何かが取り戻されて、いきなり記憶が甦ったのだろうか。

 とはいえ、確かめる術はない。

 知らなかったということを知る術がないのだ。




()()()()()()()()()()()()()




 その言葉と共に、セシルの目と俺の視界から何かが消えた。

 そこに何かがいて、会話もしていた気がするのだが、さっぱり思い出せない。


 命の危機もあったような気がしたのだが。


 なぜ、セシルの目を使って視界を借りていたのかも分からない。




 セシルの目玉を見て、すぐにセシル本人のことを思い出した。

 彼女のことはすぐに思い出すことができたから、より一層不思議な感覚に陥る。


 とにかく、王を2人も排除して、リリベルの涙を止めることができた所までは良しと思って良いはずだ。


「セシル、どこにいる?」

「ここにいるわよ……」

「どこだよ……」

「頭の中よ……」




 ああ、そういうことか。


『俺は黄衣の魔女リリベル・アスコルトの騎士になることを誓う』という言葉が、頭の中から呼び起こされた意味がはっきりと分かった。


 その誓いの言葉は、魔女の呪いを受けるための呪言だった。


 その言葉に意味はほとんどない。

 ただ、魔女の誓いを促す言葉に対して、肯定することが重要なのだ。

 言葉である必要すらない。肯定の意志さえあれば呻き声1つでも呪いを受け取ることができる。


 俺は、セシルに魔女の呪いをかけられたのだ。


「もしや、セシルの魂が、俺の身体の中に入っているとかではないよな?」

「その通りだよ……」

「な、何でだ。後少しでお前を生き返らせることができたのに」

「見たい景色を自由に見ることができない身体に戻るより……こっちの方が良いと思ったからよ……」


 彼女の魂は俺の内に含まれていて、声は直接頭の中から届けられる。

 彼女は申し訳なさそうな声で言うが、本当に申し訳ないと思うのだったら、こんな馬鹿げたことはしないで欲しいと思った。


 とんでもない呪いをかけられたものだ。




「気持ちわるっ。何独り言ばっか言ってんの?」


 今度は影の中からラルルカの言葉が聞こえてきた。


 本来、声が聞こえないであろうところから、こうも声が聞こえてきたら狂いそうになる。

 だが、不思議と嫌な予感はしなかった。


 安心感に包まれるようになったということは、ここに危機はなくなったということなのだろう。


 心の傷は、水が器の縁のギリギリまで満たされた危険な状態であったはずなのに、ずっとギリギリを保っていられたのは幸運だった。


 幸運……。


「……ラルルカ。まさか、ジュジジと戦っている間、俺の心が狂わないように何かしていなかったか?」

「……はあ? 何でよ! 早く死ねば良いって思いながら見ていたのに、何でアンタを助けなくちゃならないのよ!!」

「え、何か言ったか? 耳元で叫ばれると何も聞こえなくなる」

「なんで落雷の音は平気で、アタシの声は聞こえなくなるのよ」




 ラルルカが何か叫んでいたが、耳にある影の中からいつもの黄色い声で叫ばれたら、あっという間に何も聞こえなくなる。


 叫ばれたということは、強く反論されたということで、どうせ、大したことではないのだろう。




 耳鳴りに支配された音が再び元の音を取り戻すまでの間に、リリベルの身を確認しようと彼女たちのもとへ向かうことにする。

 向かう間にも、リリフラメルとエリスロースに守られているリリベルの平穏な顔が見えたので、一安心した。


 しかし、彼女の顔が見えたのと同時に、また1のつ言葉が頭の中をよぎった。


『代償は私の命だよ。君が死ぬと私も一緒に死ぬんだ』




 彼女のもとへ向かう歩みが自然と止まってしまう。




 彼女に与えられた不死の呪いの代償に関する言葉だ。


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