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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
プロローグ
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勧誘

 広場は先ほどより活気が増していた。

 これでは人を見つけるのは難しいかと思ったが、魔女はあっさり見つけることができた。

 黄衣の魔女ただ1人が目立っていて、この祭りの場からは浮いていた。金色の髪を持つ人はこの場では、魔女ただ1人だ。

 町人たちが魔女をちらちらと見ていることからもやはり目立つのだろう。


「おや、その荷物はどうしたんだい?」


 俺に気付いた魔女は近づいて来て、俺の背中にあるたくさんの荷物に疑問を持つ。


「俺はこの国を出ようと思う。それで荷の準備をして来たんだ」


 ひとまずこの場を離れて宿を探してそこで詳しく話そうと提案すると、宿の当ては既にあると言われ案内された。

 祭りの日で、宿などそうそう見つからないかと思ったが、町の外からはあまり人が来ないから簡単に部屋は借りられたと言う。


「けれど、お前金はどうした?」


 幸い今はお金があるが、なかったらどうするつもりなのか。


「お金の代わりに身体を売ると言ったら了承してもらえた」


 魔女は淡々と何の問題もないようにあっさり答えるので、俺は沈黙してしまった。


「良かったよ、私が若くて。宿屋の主人が独り身だったことも丁度良かったね」


 頭がおかしい。

 立ち止まる俺にどうしたのか、と不思議そうに魔女は問いかけてきた。

 自分が発した言葉に何の問題もないかのような振る舞いに、魔女の不気味さが増す。


「お金はある。親切な町人に貰ったんだ。だから宿屋の料金は俺が払う。」

「へぇ。見返りもなしにお金だけをくれるなんて奇特な奴だね」


 ひとまず俺の想いは内に秘めて、歩を進める。




 宿に到着したら真っ先に、宿屋の主人に2人分の宿泊費を支払うから、魔女の言ったことは忘れろと伝えた。

 男が物分かりのいい奴で良かった。

 鍵を受け取り、部屋に入って荷物を置いてすぐに一息つく間もなく先ほどの話の続きをする。


「単刀直入に言うが、お前の騎士にはならない」

「ええ!?」


 魔女が突如おろおろし始めた。


「給金ならたくさん出すよ?」

「金なんか持っていないじゃないか」

「まとまったお金がすぐに手に入るんだ!本当だよ!」


 まるで賭博にハマって借金で首が回らなくなった奴が言うような台詞を吐く魔女。

 信じられるわけがない。


「それに金を貰ったとしてもだ。お前は黄衣の魔女と呼ばれる存在だ」


「お前の力を求めて国同士が争っているんだ。この先、たくさんの危機に出くわしても、俺はお前を守ることはできない」


「俺は……」


「俺は人1人守ることができるほど、武芸が達者なわけではないんだ。牢屋にいたことを思い出してみれば分かるだろう?」


 騎士として致命的な弱点。

 俺は剣の腕も、弓の腕もからっきし駄目で魔法の放ち方も分からない。

 対価に見合う働きができないことは明白なのだ。

 俺に騎士としての力量が全くないことを分かれば、魔女もきっと諦めるだろう。


「そ、それなら君のことは私が守るよ!」

「ああ……」






「は?」


 魔女の言うことが理解できない。

 守られる騎士とは一体。


「意味がよく分からないのだが」

「君が強くなりたいなら、私が力を貸すよ。強くならなくても私が守る。だから私の騎士になって欲しいんだ」


 そういえば黄衣の魔女がなぜ俺ばかりに騎士になるようすすめるのか、理由を聞いていなかった。


「なぜ俺なんだ。それこそ牢屋にいた時には、俺より強そうな奴らがごろごろといただろう」

「ふむ」


 魔女はぼろぼろの布切れを指差して続けた。


「牢屋にいた時の話をするなら、君はこのマントを捨てずに大切に扱ってくれただろう。それが私には嬉しいことだったのだ」

「それはお前が大切そうにしていたからだ。牢屋にいた時には魔女のお前を怒らせないように努めていた」

「君以外にそのような殊勝な心がけを持っていた兵士はいたかな?」


 多分いなかった。

 あの牢屋では、人間が平気で人間であることを捨てられるような場であった。

 魔法を使えないように(くつわ)を噛まされ、無力になった魔女に対する途方もない暴力。

 正気を持った人間などあの場にはいなかったと思う。


「あそこでは君だけが他の人間と違う行動をしていたんだ。面白かったんだ。それが私にはとても興味深いことなんだよ」


 魔女はふふんと鼻を鳴らす。


「つまり、騎士になるというのは建前で面白い人間がいるから傍に置きたいということか」

「そう!そんな感じ」


 本当かよ。

 適当に言ってない?

 魔女はそうそうと話を続ける。


「お金の話だけれど、魔力石は分かるよね」


「魔力石は空の魔力石に魔力を注いでおいて、そこに火や水の属性を追加することで普段君たちが使っている魔力石になるんだ」


 魔女はその魔力を注いだ魔力石を作って売ることでお金にできると言うのだ。

 ある程度魔法に精通した者でも魔力石を作ることはできるが、魔女が作った物は魔力が上質で高値で売れるという話はいつだったか聞いたことがある。


「お金の当てはあるのだ。安心したまえ、ヒューゴ君」


 魔女は俺の目の前で仁王立ちで格好つけている。


「争いごとが起きても君は私が守る。お金は君の望む分を出す。女に困るというなら私を好きな時に抱いていいよ。どうかな」

「最後の話は聞かなかったことにするが、多分、これで断っても色々理由をつけて誘うのだろう」

「当たり前だよ」

「昨日は『無理にとは言わない』とか言っていなかったか」


 溢れんばかりの笑顔を見せて魔女は一言。


「言ったっけ?」






 日がすっかり落ちて外は一層騒がしくなってきた。

 祭りも佳境といったところだろうか。

 窓の外を見ると広場の方向は鈍く輝いていた。

 俺が外を気にしているとベッドに腰かけていた魔女が語りかけてきた。


「そろそろ広場で祭りの儀式が始まるんじゃないかな。行ってみるかい?」

「お前はこの祭りを知っているのか?」

「うん、知っているよ」


「首狩祭りって言われているお祭りなんだ」


 なんだその不気味な名前の祭りは。

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