認識すべき魔女3
触り方が分かれば触るというような言い方だった。
例えば、自分でも良く分からない物を具現化してみたらどうなるのか。
その物の名称が分からなければ、無衣の魔女も認識を歪められないのではないか。
そうだ。
今まで何度も想像上の物を生み出してきたじゃないか。絶対にこの世界に存在しないであろう物だとしても、正しく思考できるのなら生み出すことだってできた。
1度きりの妄想の産物を無衣の魔女に当ててみれば良いのではないか。
どのような言葉を用いても表現ができないもの。色もなく形もなく、感触も香りもなく、そこに何もないもの。
俺だけでなく、他の誰もがソレを説明できず、認識も許されないもの。
ただし、それはこの世界の者が触れれば、命を落とすという制約を追加して。
そういうものを生み出してみた。
リリベルの魔力を消費する感覚だけが、唯一それを生み出しているのだと知覚できたが、それ以上は何も分からなかった。
つまり生み出すこと自体は可能のようだった。
「これは何? ■■■■はこんなもの知らないわ」
しかし、無衣の魔女の驚きを表す言葉とは裏腹に、それ以上の具現化ができなくなってしまった。
この時点で、何を考えて具現化したのか分からなくなってしまった。
どうやら想像上の産物でも無衣の魔女には効果がないようだ。
「知らないけれど、触れた今となってはもう知らないわ」
真面目に考えたのが馬鹿らしくなるような魔法であった。
とにかく重くて巨大な固形物を落とすが、次の瞬間には初めからそのような物はなかったことにされる。
概念そのものを生み出すことができないことが、何よりも相性が悪い。
リリベルから貰ったこの具現化という力は、あくまで人や物に限られる。
存在しない概念を生み出す時は、必ずその概念を含む器を必要とするのだ。
そして、物である限り、無衣の魔女には通用しない。
触れた瞬間に認識を外されて想像ができなくなり、具現化した物たちが元の魔力へと霧散してしまう。
「攻撃の手は出尽くした? もう貴方が知っていることは何もない?」
気付けば俺は無衣の魔女に馬乗りにされていた。
身体を起こして振り払えば簡単にどかせただろうが、それよりも早く喉に何かが侵入してくる感覚があった。
飲み込むには大きすぎてつかえてしまい、間もなく呼吸を阻害する。
身体が自動的に喉につかえた物を取り除こうと嘔吐を行うが、異物に突起があるのか上手い具合に引っかかってしまって吐き出すことができない。
無衣の魔女はいつの間にか俺から離れていた。
「貴方が元黄衣の魔女から与えられたそれを、貴方はもう知らないわ。そ状態で死んだのなら一体どうなるか、■■■■は知りたいわ」
自然と吸っていた空気が、今は吸うことができない。
視界の揺れが凄まじい。
どれだけ身体をのたうち回らせて喉を叩いても、事態が好転することはなかった。
リリベルから与えられたはずの何かが思い出せない。
恐らく、この人生で深く結びついた出来事だったのだろう。彼女から貰ったものなのだから、恐らく忘れようのない重要なことだったはずだ。
だが、表せる言葉は喪失感という言葉だけで、それ以外は何もはっきりとしない。
喪失感が表出したのと同時に、とてつもない危機感を感じ始めた。
命の危機だ。
根拠のない『大丈夫』が今まではあったが、今この時はなぜだか『大丈夫』が出てこなかった。
喉の異物が取れなければ、確実に死ぬと思った。
自殺をしてはならない気がしたのだ。
いつも感じている強烈な嫌な予感が、俺に確実な死が迫っていることを実感させている。
この嫌な予感にはいつも助けられてきた。
今回も当たるだろう。
回避しなければならない。
それなのに、視界はより一層歪み身体の動きが鈍くなっていくばかりであった。




