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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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止めるべき涙8

 心の痛みが何を理由に痛むのかを察することができないのは非常に気持ちが悪かった。負の感情も種類は多くあれど、そのどれとも心の痛みと紐付けることができないのだ。

 悲しいけれど理由はない。悔しいけれど理由はない。怒りはあるが理由はない。


 心が弱くて周囲の出来事に感化されやすい俺は、これまでに何度も自らの心を傷付ける場面に出会ってきた。

 助けられたかもしれない命を助けられなかった後悔や、回避できたかもしれない争いを引き起こしてしまった無力感など、数え切れない過ちを犯して、自死を求める激しい念に悩まされたこともある。


 それらの人生で最も苦しく辛い経験によって湧いた情念たちを、遥かに凌駕する負の感情に対して、なぜの答えを見つけることができない。

 究極の心の痛みは、頭や胸の中で絶え間ない爆発を起こしているかのようだった。ジュジジを倒すという目的を留めておくなど到底できなかった。


 痛みから逃れるために俺ができることは、自死の道を選ぶことしかなかった。


 想像などできるはずもない状態で、身を守る鎧も敵を斬る剣も無形へと変化していて、ただの生身となった俺には自死の手段は数少ない。


 極限まで高められた身体能力によって、地面に向かって頭を叩きつける。


 たった1度の頭突きで死を実感できたが、今の俺はそれで終わることができない。魔女の呪いによってすぐに身体が復活を遂げてしまうのだ。

 だが、今の俺に自らにかけられた呪いを考慮する余裕などなかった。何せ心は別の感情で一杯なのだから。


 死なないといけない。

 理由付けできないが、俺は死ななければならない。


 耳元で聞こえるジュジジの絶叫は、自死を決断させる鼓舞のように聞こえた。自身の絶叫はそれに合わせて自らを奮い立たせているようでもあった。




 だが、何度己の頭蓋を叩き割っても、痛みは終わらない。

 死ぬまでの間に感じていた自傷による痛みは、心の痛みと比べても遥かに生優しく心地良ささえ感じられた。

 果てしない痛みの中で、辛うじて心地良さを感じることができる自死のための行動は、ある意味で幸福な瞬間だった。




 その幸福な瞬間を奪ったのはリリベルだった。




剣雷(けんらい)




 2人の絶叫の中でも意外と彼女の声はすんなりと耳の中に入ってきた。

 腹に何かが突き刺さり、赤い地面が白く光を伴い始めて、身体に一切の力が入らなくなる。


 果てしない痛みに何とか耐えようと身体が強張っていたはずなのに、別の外的な要因で身体は弛緩して、指1本さえ動かすことはできずにその場に突っ伏してしまう。

 身体の制御は完全に失われていて絶叫すら上げることはできず、呼吸すらままならない。




 背中に手がかかり、後頭部の「よいしょ」という言葉と共に、突っ伏している体勢から横向きに変えられて、リリベルの顔と向き合った。


 腹には彼女の雷の魔法を剣の形で押し留めたものが突き刺さっていた。


 彼女は、俺に何が起きているのかを理解させるために、体勢を変えさせたのだと気付くが、それもすぐに痛みで頭の中から吹き飛ぶ。




 心の苦痛を外に表すための絶叫という手段は、筋肉の弛緩によって妨げられている。

 腹に剣が刺さっていなければ、もう1つの理由を込めて叫びたかった。


『俺のことより自分の心配をしてくれ』


『今すぐ逃げろ』


 仮に言葉として口から出せたとしても、絶対に彼女が聞き入れないような言葉を言いたかったが、それでも伝えることすらできない。

 身体全体に伝わる痺れがどうしても許してくれない。




「ふふん」と鼻を鳴らす彼女が何をしようとしたのかは分かっていた。


 慌ててリリベルを引き戻そうと肩を掴むリリフラメルも、血液を伸ばして彼女の腕を引っ張るエリスロースの血も、流れてくる風を受け流すようにまるで意に介さない彼女の口から開かれた呪文は、彼女の戦いの意志を示していた。


「1人で全てを成し遂げようとすることは、私にだってできないよ。無茶も程々にしないとね」


「でも、ヒューゴ君のおかげで、ジュジジの倒し方が分かったかもしれない」


 リリベルが掌を前に突き出す。

 もう思考する気力もなく、目の前で起きている出来事と音はほんの一瞬だけ認識することしかできない。

 そこにいた彼女たちの会話は耳の中を素通りしてはいるが、音と景色を受け取ること自体はできた。事実を受け取ることはできるが、それに対して考えることはできない。


 痛すぎるせいだ。


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