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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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止めるべき涙7

 溶けた身体が一瞬で復活するこの姿を見たドミノが、俺を化け物呼ばわりする。

 この場で最も普通に近い人に、そう言われるということは、俺は本当に化け物なのだろう。

 だから否定はできなかった。


 否定できないからとことん化け物になってやろうと思った。


 死んでも死なない身体を利用して、まずはジュジジに組みつく。

 この行動で確認したかったことは、地獄の王の能力によってどこまで行動を制限させられるかだ。


 結果として組みつくことができた。

 問題なくジュジジに触れることができたということは、もっと明確な敵意がなければ行動を制限することができないということだろうか。


 次は殴打だ。

 拳を握り締めてジュジジの顔らしき部分に殴りつけてやろうとしてみた。

 当然、相手を倒すつもりで殴っているから、威力はそこそこあると思っている。


 だが、その行動は十分に実行はできなかった。

 殴ることはできたが当たる寸前で、腕を振る勢いが失われてしまったのだ。殴る気分ではなくなったというべきか。結局当たったのは小突いた程度の拳であった。


「殴った拳が痛くなるのは悲しい」




 ジュジジの言葉に耳を傾ける隙を狙われて、後ろから衝突が起きた。

 吹き飛ばされたが痛みはなかった。


 すぐに体勢を立て直して衝突の元を確かめるが、それより前に更なる衝突が起きる。

 下から(すく)い上げられるように上側へ吹き飛ばされて、その瞬間に巨大な牙が見えた。


 獣が俺をかち上げたことがすぐに分かった。

 人よりも大きな身体を持った獣に牙で突き上げられたら、最低でも骨の1本は折れているであろうが、その痛みも感じなかった。

 遂に痛みへの反応が鈍くなってきたのかと思ったが、空中にかち上げられてから地上に叩きつけられた時には、しっかりと痛みを感じたし打ち身で怪我をした自覚もはっきりとあった。


 獣による攻撃だけ痛みを感じなかったというのは、何とも不思議なものだった。

 不思議に感じたということは、それこそが獣の特異な能力なのかもしれないと思った。




「この程度では俺は殺せないぞ」

「ここよりお前たちを追い出せれば良い。さっさと去れ」

「あんたたちを殺しに来たっていうのに、随分と穏便に済ませてくれるのだな」


 此方の挑発にも乗ってこない。




 リリベルから教えてもらった情報と合わせるなら、この獣はもしや俺たちとは逆なのだろうか。


 俺が与えた傷は全て俺が受ける傷になる。

 獣が与えた攻撃は全て攻撃にはならない。


 此方側が攻撃を行わないなら、奴は攻撃を行うことできないということではないか。




 それならこの獣は無視することが得策だ。

 リリベルに対して危害を加えないなら、後回しにするべきだろう。


 ジュジジを先に倒すべきだ。


 この2人の地獄の王は、両方とも明確な攻撃手段を持ち合わせていない。

 今まで出会ってきた地獄の王と比べても、この2人は防御に特化している手合いだ。


「肩透かしだな。守る手段はあっても俺を殺す手段がないように見えるぞ」

「当たり前よ。だってそこの王様もそっちの王様も、殺すために王様を演じている訳ではないもの」


 無衣(むえ)の魔女は全てを分かっているかのような物言いだ。

 特徴がなさすぎる声は、説明を聞いてもすぐに忘却してしまいそうな味気なさだったが、それでも忘れるべきではない内容をしっかりと耳の奥に聞き届ける。


「死者が生前に犯した罪を本人により実感させるために、泣いている王様は感情を制御する力を持っているし、動物の王様は与えた痛みを自覚させる力を持っているのよ」

「やけに地獄に詳しいな」


 知識欲で一杯のリリベルよりも地獄に詳しい無衣の魔女に怪しさを感じた。

 まさかこいつも銀衣(ぎんえ)の魔女と同じ類の魔女ではないだろうな。


「ただの推察よ。■■■■を誰も知らないから、■■■■を知らない皆を知りたくて、色々考えたの」


 色々考えただけでそこまで頭が回るのなら、天才的な察しの良さだと思う。




 だが、無衣の魔女の推察を聞いても事態は好転しない。

 この地獄の王たちは俺を殺すことはできないが、俺もまた彼等を殺す術を持っていない。

 戦えるが勝つことができない。




 流し放題の涙を止めるなら、涙を流す原因になっている本人を倒すことが1番手っ取り早いと思っていたのだが、これでは目的が達成できない。




 他の手立てはないかと、両の地獄の王の動向を見ながら思考を巡らせている時に、不意に鎧の下に着ている服のポケットに意識が向かった。


 セシルの眼球だ。

 彼女の魔力が未だに宿っているこの目を使えば、獣はともかくジュジジは倒せるのではないか。


 その考えを思いついてから、実行に移すかどうかを迷っている間に、獣の方から無衣の魔女に対する反論が挙がった。


「誰も肯定はしていない。失考甚だしい」




 瞬間だ。

 今までとは毛色の違う痛みが胸や頭の辺りを襲った。

 無意識に声を張り上げて、身体が痛みを紛らわそうとしてくれているが効果は全くない。


 だが、事が終わって後悔に苛まれ続ける俺の性格が幸いして、答えに辿り着く時間を早めてくれた。

 その痛みは、怪我をしているから痛むのではない。


 心が痛いのだ。

 胸を締めつけられる程の心の痛みが絶叫となって、痛みからの逃避を行っているのだ。


 後ろでリリベルが俺の名を呼ぶが、返事ができない。痛すぎる。

 説明できない悲しみや辛さが、まるで身体中を流れる血液のように巡っている。




「痛い痛い痛い! 悲しい苦しい辛い!」


 ジュジジが苦しみ泣き叫ぶのに呼応して、俺も叫んでいた。共鳴なんかして欲しくないが、叫びは綺麗に重なっていた。

 我慢のしようがない痛みであった。


 今、目から流れている涙は、俺が心から流している涙だろう。


 何が辛くて心が痛み、涙を流しているのか説明はできないが、それこそがこの攻撃の肝なのだろう。

 言葉や行動で心を責め立てて傷を負わせるのではなく、純粋に、理由づけを必要とせず、ただただ心を直接攻撃できる力。

 恐らくそれが地獄の王ジュジジの力だ。


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