止めるべき涙6
具現化するにはただ2つのことに注意すれば良い。
リリベルたちがいる血の防壁と無衣の魔女の2つだ。
それ以外の範囲全体に、想像できる限りの殺傷能力を持つものを生み出す。
避けられる場所を誰にも与えない。
無理矢理リリベルから魔力を引っ張り出して、放出したものを一片足りとも残さず具現化に利用する。
槍だとか矢だとか具体的な形は想像しない。1つ1つ想像なんかしていたら回避の余地を与えてしまう。なるべく原始的な形で具現化することが望ましい。
ただの尖った物体を無数に上空から具現化した。
数多くの張りぼての兵士を具現化した経験があるおかげで、複数の物体を具現化し続ける訓練はできている。
一見すれば棘の付いた巨大な金属の1枚板が、空から落ちて来ているように見えるだろう。
それ程隙間なく尖形の物体を具現化したのだ。
瞬間移動でもしなければこの場の攻撃から逃れることはできない。例え自由に空を飛び回るドラゴンであっても。
「な、なんだこれは……一体お前は何者なのだ……」
血塗れの男は頭上の尖形に絶望しているようだった。
その表情はまるで俺が悪者になっているような感覚に陥る。ラルルカの言う通り、相手の想像力を超える力で圧倒する様は悪者のようで事実なのかもしれないが。
敷き詰められた尖形は自由落下によって、一気に地上へ向かって迫り来る。
初めに攻撃を受けたのはドラゴンだった。口からアレを吐き反撃を試みるも、敷き詰められた尖形の前では無力だろう。
しっかりと想像してある。
アレで溶けるようなものではないと想像を込めて具現化してある。
ドラゴンは地上に堕ち、地上にいる無衣の魔女とリリベルたち以外の全ての者に尖形が突き刺さる。
無論、俺自身もだ。
鋭く尖った先が重量に乗って身体を突き破り、駄目押しに押し潰していく。擦り潰された身体は即死という結果を与えた。
いくら筋力を強化していようと、人間という器では対処できない程の重さだ。血塗れの男が腕を振り上げて尖形を防ごうとするが、何の可能性も生みはしない行動である。
轟音と共に特異な能力を持たない奴は、ここでふるいにかけられる。
想像を止めて、具現化した物体全てを黒いモヤへと変化させると、風と共に視界が晴れる。
先程まで血塗れの男がいた場所には、ほとんど人の形を残していない死体が横たわっている。
ドラゴンは辛うじて形は残しているが、翼や手足はもがれて身体からは血を噴水のように噴き出している。
それでもまだ両目は涙を流しながらも、色濃い瞳をはっきりと此方へ当てつけていた。
口から青いアレが漏れ出し始め、口が開くと一気にアレが解放されると、俺を溶かし始めた。
不思議だ。
例え身体が骨だけになろうとも想像はできた。想像ができるなら具現化もできる。
痛みは感じるが、意外にも頭の中の思考が掻き乱されることはなかった。頭の中が透き通っているかのようだった。
手を伸ばして、吹き荒れるアレを無視して魔力を添えて、ドラゴンがいる位置に向かって具現化を行う。
そこにドラゴンの存在があるのに、無理矢理に具現化を行い、それが成功すればどうなるか。
具現化した物体が、ドラゴンの存在を無視してこの世界に顕現することになる。そこにあったはずの内臓や肉は、具現化した物体によって強制的に身体の外に押し出されて、弾け飛び散る。
この世界で、食事を行い、呼吸を行って、生きている存在であれば、中身がなくなれば、死に至る。
誰だってそうだ。ドラゴンでさえもだ。生きている限りは、何者であろうと死ぬはずだ。
死なないのは異常な奴等だけだ。
アレが途切れて、鼓動さえ途切れて眠るように目蓋を閉じ、今度こそ息絶えたドラゴンだったが、それでもまだ目から涙を流し続けていた。
ジュジジも、もう1人の地獄の王も生きていた。異常な奴等だから簡単には死なない。
辛うじて残っていた瓦礫は全て粉々に砕かれて、周囲一帯の見通しは良くなった。
逆に言えば、簡単にリリベルを連れて逃げ回ることはできなくなった。
「無衣の魔女! 地獄の王に手は出すな! 俺が倒す!」
「人間如きが」
もう真後ろまで近付いて来た獣が、冷静に俺に敵意の言葉を向けてきた。
幸運だった。
リリベルを狙いに来たのかと思ったら、俺を狙いに来てくれた。俺に注目してくれるのだったら、それで良い。
「争いは悲しい。痛みは悲しい。悲しくて痛い」
生き返っても相変わらず涙は止まらないが、ジュジジと獣が此方へ歩み寄ってくるのは見えた。
倒し方はまだ分からないが、不死の力をもってすれば不可能ではないという確信かある。
リリベルに仇なす者は全て倒してやる。




