止めるべき涙5
血塗れの男は素早く、此方の剣は上手く当たらない。
ただ、素早いといっても目で追えない速さではなかった。人間が出せる素早さの範疇に留まっている。
だから筋力強化によって筋繊維の千切れる音を響かせながらも、限界を超える剣の振りを実現できる俺に対して、人間の動きで対応できる男には驚きを隠せなかった。
更に彼の動きは、基本的には剣をある程度剣術を習った綺麗な動きをしているが、それ以外はほとんど獣のような乱暴な所作であった。
此方の剣を避ける動作にしても、地を這うように腰を下げて避けてから、喉笛を噛み切るかのように剣を伸ばしてくる。
喉元もしっかりと守っている俺に刃は通らないが、剣が叩きつけられる衝撃だけでも凄まじいものがある。
生への執着か、怒りによるものか、何か1点の目的があることがその衝撃から感じ取ることができた。
「俺たちは人探しをしているだけだ! その用事が終われば今すぐにでもここから立ち去るつもりだ!」
「無意味な言葉を並べるな。信じられる証拠は何1つない」
期待はしていなかったが、説得は失敗だった。
男の剣が何度か此方の鎧に当たると、刀身が真ん中から綺麗に折れた。
折れた剣に一瞬視線を逸らした男の姿を確認して、絶好の反撃機会を逃さずに剣を振り抜く。
普通なら当たっていたはずだが、それなのに当たらなかったのは直上のドラゴンが俺の上半身を食い千切ったからだろう。
降下時の速度の勢いに乗せた噛みつきは、俺の身体を綺麗に切り裂いた。想像上の鎧もドラゴンの重量の前には、守りとしての機能は少しも維持できなかった。
2度目の生は空から始まった。
ドラゴンに上半身を食い千切られて、中途半端なところで死を迎えたために、空中での再生を余儀なくさせられてしまった。
体勢を立て直すことができない。
勝手に身体がきりもみして見えた地上の景色に、一際目立つ物が見えた。
獣が此方に向かって来ている。
リリベルの方へ近付いている。
新たな危機の訪れが迫っていることを知ることができた点に関しては、身体を食い千切ったドラゴンに感謝しなければならない。
その後すぐに地上に着地した。着地といっても死を伴う着地だ。愉快な音と共に身体はひしゃげてまた死んだのだ。
慣れた一瞬の痛みだ。
もうこの程度の痛みでは、身体に恐怖を刻み込み足を竦ませることはできない。
「殺してやる! 不死であろうと殺してやる!」
その辺に落ちていたであろう殺傷能力のある鈍器を手に持ち、血塗れの男が殴りかかって来た。
ジュジジは恐らく俺と血塗れの男を憐れむかのように悲しみの台詞を述べていた。
無衣の魔女は恐らくわざと俺の行動を見守っている。
なぜ俺がここにいるのかを知っていて、わざとジュジジと戦うか戦わないかの境界線を右往左往する様子を見せている。動揺を誘うのが目的だとしか思えない。
ある意味で全員が俺に注目している。1番いらない注目だと思う。
血塗れの男に向かって具現化した剣を頭上から落とすと、彼はそれに反応してくれた。
その隙を狙って直接、黒剣で刺し狙う。
しかし、再びドラゴンに邪魔をされてしまう。
男が「ストリキネ」と呼ぶ声に呼応して、ドラゴンの口内から青いアレが一気に身体を突き抜けた。
間近でアレを受けて、一瞬にして炭化する。
彼等がどれ程息の合った攻撃を行おうと、死なずの身体には無意味だ。そのことに彼等はいつ気付くのだろうか。
気合いだけではどうにもならないということを、いつ気付くのだろうか。
できることなら早く気付いて退いて欲しい。
ジュジジと後ろに迫って来ている獣からリリベルを守らせて欲しい。セシルの魂を探させて欲しい。
物事が上手くいかないことにもどしかしさを感じてきた。
「これだけの奴等を相手にして顔色1つ変えないって、完全な悪形じゃないの」
耳の影の中から鼻をすすりながら悪態をついてくる声が聞こえる中で、その男とドラゴンを殺すべく具現化に次ぐ具現化を行った。




