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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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止めるべき涙4

 ドラゴンがアレを俺たちに向けて吐いていた理由が分かったのは、ジュジジが泣きながら別の場所へ行こうとした時だった。

 ドラゴンは俺たちを狙っていた訳ではない。涙を誘う地獄の王を狙っているのだ。


 ともなれば、ジュジジから遠ざかるように移動すれば少なくともドラゴンのアレからは避けられるはずだ。


 やるべきことは決まっている。簡単だ。


「リリベル、筋力強化の魔法を頼む」


 彼女の魔法によって限界以上の力を手に入れた俺は、片手でドミノを抱え上げる。


 そしてエリスロースに合図を入れて、血の防壁を移動させながら全員でジュジジから遠ざかる。




 徐々に徐々に遠ざかっていき、ドラゴンのアレからも離れられていることを確認できたので、確信に変えることができた。

 アレから離れることができたら、リリベルに迫る危機を1つ取り除くことができる。

 その思いで後退を続けている時に、アレの影響で揺らぐ空気に混ざって、別のアレが姿を現していることに一瞬遅れてしまった。


「おっと、つい無意識に彼女の魔力を感知するところだった。危ない危ない」


 リリベルが危機感を言葉に表し、血の防壁が一瞬だけ蠢きエリスロースの動揺を伝える。それだけで、ジュジジと共にアレに平然と包まれる魔女は、警戒と嫌な予感を最高潮に達せられる存在だと実感する。

 その実感を過去の記憶に繋げて、それが最近出会ったばかりの無衣(むえ)の魔女だと認識できた。


「そう。きっと貴方は確信したことでしょう。きっと大丈夫だって。危機を脱することができるって」


 一切の特徴のない、ただの女性の声。

 言い方は悪いが、明日には忘れられるような記憶に残らない他愛もない声。


 その姿は、言葉による表現を一切許さない。

 誰かに、無衣の魔女はどのような出で立ちをしているか説明しろと尋ねられても、答えることはできない。

 目で見えているはずなのに見えていない。そこにいるはずなのにいない。


 誰も認識できないから、マントの色で魔女の冠名を表す彼女たちの文化に適合できず、無衣と名乗るしかない。


 確かにこの世界に存在しているはずなのに、この世界のどこにも存在を表現できる機会を与えられていない、ぶっちぎりで異常な存在を改めて目の当たりにしている。


「悲しい?」


「悲しくないわ。だって、誰も私の涙を見ることはできないから」


 ジュジジと無衣の魔女がアレが吹き荒ぶ中で対峙していた。




 嫌な予感が更に高まったので、その原因になる予想を一刻も早く皆に伝える。


「ジュジジが無衣の魔女に何かしらの攻撃を与えたら、そこで起きた認識も捻じ曲げられるような気がしているのだが」

「そうだな、ああそうだな」

「止めないと」




 リリベルの守りをリリフラメルに託して、ドミノを放り投げる。衝撃で起きたドミノの錯乱はただの雑音として、聞き流した。


 黒剣を具現化して自身が鎧に包まれていることを確認してから血の防壁の外に繰り出す。




 無衣の魔女とジュジジとの戦いで世界に何が起きるのか予想できない。

 その何かが、例えば魔力という概念が捻じ曲げられてしまった場合は、最悪だ。魔法を主な攻撃手段にする魔女たちは無力と化すが、それよりもリリベルの生き甲斐が失われてしまう。

 魔力だけで構成されている魂も失われてしまう可能性がある。セシルを助け出すことができなくなるかもしれなくなる。


 何かを起こす前にできる予防は、今にも戦いが起きそうな2人のうち、片方を倒すことが最も早い解決方法だと思った。


 では、どちらを倒すべきか。


 リリベルの涙を止められる方を倒すべきだろう。




 地のひと蹴りでジュジジを斬る間合いに入り、頭と思わしき部分を斬る体勢に移行する。


 力の限り剣を振り絞ることで傷ぐらい負わせられると思ったが、残念ながら願いは叶わなかった。


 剣を振るうことができなくなったのだ。




「誰かを傷付けることに心を痛める人がいる。とても悲しい」




 ジュジジが悲しみを訴えかけてくる。

 同情もないし、容赦するつもりもない。それなのに相手を斬ることができないことは、もどかしさと苛立ちを強める。


 その動揺を掴み取って言葉を掛けてきたのは、なんと無衣の魔女であった。


「貴方は感情を制御されている。地獄10層の王は、同情を誘い感じていないはずの感情を増幅させ、攻撃の意志を損なわせているのよ」


 剣を振るうことができないことも、具現化に失敗したこともすんなりと理解できた。

 ドラゴンのアレを受けているジュジジの様子が変わらない理由も、俺に起きていることと同様のことが起きているからなのだろう。


 つまり、ドラゴンも涙を流しているのだ。


「なぜ、俺にその説明を……」

「私の敵になるために来たのではないでしょう?」


 絶対に無衣の魔女は俺のことを見ている。

 だが、見られているという認識ができない。それは恐怖にしかならない。


 今は恐怖する場面ではないことは分かっているが、本能が先に声を上げているのだからどうしようもない。


「攻撃がしたいのなら、その涙を■■■■に触らせて」


 そこにいる何かが、何かを伸ばして、俺の涙を触れることを待っている。


 ジュジジは無衣の魔女の言葉を聞いているはずなのに、しくしくと泣き続け何もしてこようとはしない。




 魅力的な提案だった。

 リリベルの涙を確実に止められる方法が、何も認識できない目の前にあるのだ。


 伸びた何かに頭を垂れて、兜の隙間から涙を垂らせば、ジュジジに攻撃を行うことができる。


 だが、代わりに失うものは何か。

 涙という存在が消える可能性はあるし、悲しみや他を思いやるという感情が失われる可能性もあるのではないか。


 それは本当に失って良いものなのだろうか。


「俺だけが一生涙を流すことなく、悲しみを感じなくなるのか? それとも世界中の全ての者から涙や悲しみが失われるのか?」




 影響を受けるのが俺だけなら、別に失っても良いだろう。

 涙は特に必要だと思っていない。

 悲しみがなくなれば、いつまでも後悔を引きずり続ける嫌な性格も少しは矯正してくれる。


 もし、俺だけが割りを食うなら喜んで触れるべきではないだろうか。




 逡巡はあったかもしれないが、起きるかもしれない変化については案外すぐに受け入れることができた。

 彼女の魔法に、俺だけが影響を受けるなら、彼女の提案に乗るべきだ。




 そう思って魔女の回答を待とうとしたその時に、頭上から鋭い衝撃が走った。


 頭蓋が叩き割られる感覚を思い出して、死と再生を知覚する。


 血だらけの剣を持ち、血で彩られたくすんだ鎧を着込んだ男が、俺と無衣の魔女に割って入って俺を睨みつけていた。

 ドラゴンと共にいた男のその眼差しは、真っ赤に充血している。誰かを呪い殺せるのではないかと思える程、殺意と悲しみに満ちているような気がした。


「平穏を返してもらう。理想郷はすぐそこにあるんだ!! 邪魔をするな!!」


 一体彼が何に対して怒りを露わにしているのかは分からなかった。

 次々とジュジジに誰かが集まって来て、事態の収拾がつけられるのか不安になってくる。


 ただ彼に斬られ続けていては、無衣の魔女が俺を無視してジュジジと戦いを始めるかもしれない。

 何としてでも地獄の王と見えない魔女との戦いを阻止しなければならないのだから、無抵抗ではいられないのだ。

 そのためには、目の前の男を早く倒さなければならない。




 1つの目的を達成するために、一体どこまで殺しを続けなければならないのだろう。

 不安をよそに、身体は既に黒剣の刃を男に向かわせていた。


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