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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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初めての魔女狩り3

万雷(ばんらい)』を起こす準備は整った。


 真心を込めて掌に溜め込んだ魔力を今まさに放出しようとする。


 魔力の量が膨大で、周囲は強い風が吹き荒れる。




 魔女同士の戦いなのに、私がすごい魔法を披露するという状況で、今は敵も味方も私の動きを耳を塞いで眺めているだけだ。


 何とも奇妙な状況だよ。




 深呼吸をする。

 その時に泥人形の群れの中から黒鎧を解除したヒューゴ君の姿がちらと見えた。


 少しだけ緊張していたけれど、ほぐれた。

 それが深呼吸をしたからなのか、彼を見たからなのかは分からない。


 自分の頬が緩くなっているような気もしたけれど、構わず詠唱する。




万雷(ばんらい)




 炸裂する爆音と強烈な閃光で五感の内の2つがすぐに機能しなくなる。


 私の頭の中にある泥沼の戦場を意識しながら、目や耳が使えずとも構わずに雷を落とす。

 完全なる間髪のない雷の嵐は、ほぼ1つの落雷音となって辺りを響かせる。


 音圧で少しだけ身体が浮いたような感覚に陥るが、それでも私は集中力を途切れさせない。


 ヴロミコに見せる全力の雷魔法は、私自身も初めての詠唱経験だ。


 泥人形が雷で弾けたのか、私の身体に泥がはね飛ぶ。






 掌に溜めた魔力を全て使い、落雷は終わる。


 チカチカした光が視界の端を走るが、徐々に辺りが見えるようになった。

 立ち込めていた煙は風に乗って消え去ると、ヴロミコを守る4本腕の泥人形以外は、倒れているように見える。


 いくら膨大な魔力を持っていても、魔法の精度を制御するために頭脳を全力で使役すれば、身体も精神も消耗し、膝をつかざるを得ない。




 口を開けて放心しているヴロミコの姿を見て、私は止めの一撃を彼女に刺すために、自分の膝を叩いて無理矢理歩かせる。


 私の意図を理解したのか、セシルは既に両目の目蓋を閉じて、戦いを止めていたことを確認できた。


 私がヴロミコの目の前に到達する頃には、魔力不足で維持できなくなった4本腕の泥人形が溶けるように崩れ落ちていった。

 ヴロミコは息を切らしながら私を見つめているが、もう戦う意志も見られない。


「すごい、かな」

「降参でいいかい?」

「降参、かな」

「その変な語尾のせいで、降参したのかしていないのか判断できないよ!」


 私は空元気にヴロミコに飛び込むように倒れ込んで、彼女の頬を引っ張り上げる。

 私とヴロミコはそのまま最悪の臭いを発する泥に横たえる。


「降参! 降参! こうさんします!」


 良し。それなら満足だ。

 頬を引っ張る手を離して大の字になって天を仰ぐ。


「じゃあ君の『泥衣』は私が奪う。君は今日からただの魔女だ」


 セシルとローズセルトが歩いて来るのが、視界の端に捉えられた。


「殺さないのお?」


 ローズセルトの言葉にヴロミコは黙ってしまった。

 私はローズセルトの言葉を否定する。


「殺さない。今日からヴロミコは私の弟子にする」

「え、嫌かな」


 一瞬の沈黙があってから、私はすぐにヴロミコの頬を引っ張る。


「なります! なります! 弟子になります!」


 良し。


「本気で言っているのお、リリベルちゃん?」

「うん」


 はっきり言ってこれは私の気まぐれだ。

 なぜヴロミコを殺さないのか私自身答えられない。

 どうしても理由を付けるとするなら、これだけ力のある魔女なのだから私の手元に置いておけばきっと役に立つと思ったぐらいだ。


「リリベル……。君は本当に変わったね……」


 セシルも私が変わったというが、私にはそのような実感はない。

 いつだって気まぐれで動く私には、この行動はいつも通りだと思う。




 横になって少しは楽になったので、泥塗れの身体を起こしてヴロミコに面を向ける。

 彼女は手で頬を覆って私に怯えていた。そんなに強く引っ張ったつもりはないのだがね。


「ヴロミコ。いや、弟子と言うのは建前なんだ」


「私が君に言いたかったことは」


「その、友達にならないか……?」


 今までの魔女生で言ったことのない台詞だから、すごく恥ずかしい。

 セシルの言う通り私は変わったのだろうか。あくまで気まぐれだと自分に言い聞かせてはいるが、もうよく分からなくなってきている。


 ヴロミコはきょとんとした顔でこちらをただ眺めていたので、私は彼女の目の前で手を振って意識があるか確認してみた。

 すると突然、彼女は私に身体ごと突撃して再び私は泥に浸かってしまう。


「もちろん、かな!」


 ヴロミコの顔や頭の泥は剥がれて表情や髪が良く見えるようになった。

 彼女の亜麻色の髪の毛が私の鼻先をくすぐり、腐った泥の匂いが付着した頭を嗅ぐと気絶しそうになったので、彼女に早速文句を言う。


「まずは身体を洗ってくれ」





 ヴロミコの件が落着したのを確認して、私はもう1人黒衣の魔女に魅入られた者へ近付く。

 身体の表面は黒焦げているように見えるが、胸の動きでまだ息をしていることは分かった。


「ごめんね」


 黒焦げたそれに私は話しかける。


「……いや、大丈夫だ」

「じゃあ、起きよう」




瞬雷(しゅんらい)




 遥か後ろで私たちのことを1人で眺めているヒューゴ君に、私は雷を落とした。


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