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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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正すべき襟5

 ◆◆◆




 ランドがおかしいおかしいと呟いていたので、何がおかしいのかと尋ねてみる。


「いや、それが……コレが……あ…………あ、アレできないんですよ」

「おいおい、ランド。カネリ様への報告はもう少し正確に言ったらどうなんだ?」


 ルースが彼をいじる。

 けれど、確かにコレとかアレとかじゃ良く分からない。


 ルースは分かりにくい説明などするタイプじゃない。

 だから当然気になった。


 彼は必死に言葉を探そうとしているけれど、いつまで経っても出てきそうにない。


「あ……」


 ヴィリーが何かを思い出したようで、ルースが彼を尋ねる。

 しかし、今度はヴィリーがしどろもどろになってしまう。これも彼の普段の話し方からして違う様相だったから、何か悪いことが起きているのではないかと気になり始めた。




 ランドが木枝を積み上げた場所を指差す。


「コレで暖まることができない」

「……コレの完成形に関する言葉が出てこない」

「そう。それが言いたかった」


 ランドとヴィリーの意見は揃っているらしい。


「はあ? 何だお前等、酒で酔っているのか? ったく、ようは魔力がなくて……お……あ?」




 今度はルースがしどろもどろになり始めて、それと同時に異変に気付いた。


 まだ明るいがここで野営を行い夜を明かすために、枝を積み上げて暖まるための行為に関する言葉が出てこなかった。

 その言葉を知っているはずなのに、頭の中で想像することも口に出すこともできない。


「敵襲か?」


 全員が同じ状況に陥っていると分かれば、何らかの魔法の影響を受けていると疑うのが定石だ。


 全員で振り向いて周囲を見回す。


「匂いはしない……」

「ヴィリーがそう言うならいないのだろうな」

「じゃあこれは一体……」




 ◆◆◆




「ルビン様、ご報告いたします! レムレット残党の討伐が完了いたしました」

「此方の尊きの命は喪失しましたか?」

「死者は発生しておりません。しかし……一部の魔術部隊がこれ以上の戦闘継続は不可能だと……」


 これはどういうことでしょうか。

 加護を受けるはずのない異教徒が我々の壁になるとは思いもしませんでした。


「すぐに手当ての準備をいたしましょう」

「い、いえ、負傷もしておりません。ただ、ある魔法が使えなくなったとの報告が挙がっていまして」

「謎かけをしている暇はありませんよ。簡潔に説明をしてください」

「それが……私にも説明ができないのです……」

「おい、お前! ルビン様の前でふざけるのはやめろ!」


 我々は神に仕えし清潔の使者。

 争いを起こしては救いの道が閉ざされてしまいます。当然、争いを見過ごすこともあってはならないことなのです。


「言い争ってはなりません。私と主の心を痛めないでください」

「はっ、申し訳ありません」

「落ち着いてください。なぜ、報告ができないのかを説明できますか?」

「その、それが……言葉が出てこないのです……」

「言葉ですか?」


 異教徒の卑怯な策略に惑わされているとでもいうのでしょうか。

 それなら由々しき事態です。(けが)れがあっては、救道へ達することが叶わなくなります。


「あ! こ、これです! 私もですが、これを説明する言葉が出てこないのです!」




 これ?




 これと言われても、これはごくありふれた燭台(しょくだい)で……。




 ……。




 なるほど。

 一部の魔法が使えなくなった原因が分かりました。


「やはりふざけているではないか! ただの……ただの……! あ……う……?」


 これが何であるかは認識できていますが、これを言葉にすることができなくなっているようですね。

 大方、異教徒の悪足掻きによるくだらない魔法が原因でしょうか。この地域を出て我々の聖地に帰還すれば、何事もなく戻るでしょう。


「異教徒の魔法の影響でしょう。小賢しいですね。我々から言葉を奪って、団結を奪う魂胆だったのでしょう」

「な、なるほど」

「幸いにもこれが何であるかは分かっていますし、異教徒を滅する魔法は他にもあります。戦い方を変えるよう通達してください」

「はっ!」


 幾ら力をつけて大国になったとしても、我々の神を信じぬ者は必ず滅ぶ運命にあると気付くべきだったのです。

 気付けなかったのなら潔く滅ぶべきだったのです。

 正に異教徒の考えそうな手段ですね。




 ◆◆◆




 走り続けてリリベルに出会うことはできた。

 彼女は味方も連れずにたった1人で街を彷徨っていたので、さすがに注意はした。


 それでも無事で良かった。




 どうやら彼女がこの街にやってきた理由は、彼女の涙にあるらしい。


 地獄の王ジュジジに止まることのない涙を付与されて、してやられた彼女は内に秘める怒りを抑えてここまで来た。


 魔女としての矜持を捨てたと言っていたリリベルだが、やはりそう簡単に捨てられるものではなかった。

 むしろ安心した。

 彼女には魔女という生き方が似合っている。魔女として生きている彼女は、いつだって眩しいからだ。


 クレオツァラが気を利かせて彼女に付き添ってくれたらしいが、今は負傷しているようでラルルカに匿われているらしい。


 その負傷の原因になった理由が、ジュジジとは別の地獄の王によるものだと知った時はひやりとした。

 意外と喧嘩っ早い彼女のことだから、傷でも負っていないかと心配した。


 自身を癒やす手段を持っているのだから、リリベルを心配する必要はないのだが、相手になった者が地獄の王であれば心配しない訳がない。

 俺の想像を超える、未知の手段で彼女の傷が癒えないような状況にされることもあり得ると思ったからだ。


 それに彼女は、痛みを我慢しようとするきらいがある。それは彼女の考える格好良さに関わる話から来ているのだが、今回も俺に対して本当のことを言わずに黙っているのではないかと思った。

 だから彼女の身体は入念に調べた。


 結果は、本当に傷を負っていなかった。安心した。




「地獄の王が現世の者に干渉している理由は良く分からない。けれど、少なくとも彼等の間にある規律を正しく守ろうとしているのは、ヤヴネレフっていう王様ぐらいだから、不思議に思うことではないのかもしれないね」


 この街で出会った涙の止まらない男を見て、彼女はジュジジが何らかの企てを持っていることを予想した。


「それよりも無衣(むえ)の魔女がいたことは本当なのかな?」

「この目で見た、ああ見たさ」


 エリスロースとリリベルは無衣の魔女を知っているようだったので、改めて説明を求めた。

 セシルの魂を探すにしろ、ジュジジを探すにしろ、無衣の魔女と再び(まみ)える可能性はある。対処する方法が聞けるのならそれが1番良い。


「リリベル、無衣の魔女はどういう魔法を得意とする魔女なんだ?」

「それは言葉にはできないのだよ、ヒューゴ君」

「やはり()()()()魔法なのか?」

「そうだね。私たちの、いや世界中の認識が歪んでしまう魔法を彼女は使えるよ」


 リリベルの話し方は上手いと思った。

 直接無衣の魔女に言及することはできないが、主語を変えて話したことで、間接的に無衣の魔女の性質を理解することができた。


 故に性質(たち)が悪いと思った。

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