正すべき襟4
私1人だけなら行動は楽になる。
見てあげる必要がなくなれば、物事により集中できるからね。
身体に巡る魔力を全て足に溜めて、準備ができたら地面を走らせる雷を解き放つ。
四方八方へ光の筋を伸ばしていき、一瞬で私の手の届く範囲を広げることができる。
『彩雷』という魔法の利点は、少ない魔力で遠くへ雷を広げられることにある。暗闇での視界確保の手助けになるとヒューゴ君は評していたけれど、本来は魔力感知できる範囲を広げる時に力を発揮できる魔法なんだ。
まあ、この通り光が迸って目立つから、感知された側も気付いてしまうのが玉に瑕だけれど、何があって誰がいるのかを知りさえできればそれで問題ないさ。
本当はもっと街の中央深部で、この魔法を使って調べたかったけれど、獣に帰れって言われたから仕方がない。
でも、獣の言いつけは守っているでしょう。私自身はこの街から離れるために歩き続けているのだもの。
ただ、魔力感知だけはさせてもらうけれどね。
狙いは私に涙を流させている地獄の王の居場所を探ること。
泣きすぎてお肌がガサつき始めていて、由々しき事態へとなりつつあるのさ。
ヒューゴ君が好きな顔を維持できなくなる!
これは由々しき事態だよ!
ヒューゴ君に死なないで欲しいと願われたのなら、死んでやり直して綺麗な身体に戻るという手段を選ぶことはできないからね。
死なずに彼に愛され続けるためには、努力をする必要がある。
だから、綺麗な身体を維持するための障害になるものは、何としても取り除かなければならない。早くジュジジを見つけて退治しないといけない。
見つけた。
ヒューゴ君もいるね。
◆◆◆
こんな馬鹿げたことを起こせる者を、俺はリリベル以外に知らない。
地面を這うようにジグザグに流れている光の筋は、誰かを探すように動き回っているように見えた。
色鮮やかなそれらは『彩雷』という魔法に他ならない。
待っていてくれと言ったはずなのに、彼女は黙って後を付いて来たのだろう。今は、怒りよりも焦りに襲われている。
このような危険地帯に彼女がいること自体不安でならない。
来てしまったものは仕方がない。
彼女を探して合流しようと思った。
彼女に魔力で察知してもらおうと流れている雷にわざと足で踏みつけると、生き物のように雷が俺の足元に集まってきた。
「なんだこりゃあ!」
「仲間の魔法だ。合流しよう」
魔法を知らないドミノにとって、魔力を使って披露されるもの全てが新鮮に映るだろう。
騒ぐのは仕方のないことだが、それでリリフラメルの怒りを買うのは困るので、彼には静かに驚くように依頼する。
しかし、リリフラメルは爆発してしまった。
ドミノの腕を引っ張り、急ぎ瓦礫の影に隠れる。
そして、彼女の短気に火を点けてしまったドミノの代わりに謝ってみる。
だが、謝罪はあっさりと彼女から否定されてしまった。まるでそれどころではないという感情が乗った返事だった。
「違う! 敵だ!!」
敵と言われて意識を戦いに向ける。黒剣と盾を構えて、リリフラメルの叫ぶ敵を視認しようとする。
「無衣の……魔女!」
血で作った盾でリリフラメルの炎を防ぐエリスロースが、先んじて認識した敵の名を呼んだ。
彼女、いや彼は魔女と言った。
リリフラメルの炎で何も見えないので、姿を視認しようと彼女よりも前に出てみた。
「リリフラメル! 一旦落ち着いてくれ!」
背中から熱を受け続けたくなかったのでリリフラメルにそう願いながら、炎の嵐に突っ込み抜け出てみると、確かに誰かがいた。
その誰かの姿を説明することはできなかった。
言葉で形容できないのだ。どんなに頑張って言葉にしようとしてもできない。代わりになる言葉はあるので、その言葉を用いながらであれば説明できるはずなのに、その言葉すら出てこない。
目で見て、確かにそこに「魔女」がいると分かっているのに、その姿を形容できる手段がなかった。
「ヒューゴ、逃げるぞ」
エリスロースが明確に退避の宣言をすることは珍しかった。それだけで、目の前の魔女が異質な存在だということが分かった。
紫衣の魔女という強大な魔女を倒して、これから出会う魔女に紫衣の魔女よりも脅威に感じる魔女はいないだろうと予想していたのだが、脆くもそれは崩れ去ってしまった。
「ここにある魔力は全部、■■■■の物よ。他の誰にも渡さない」
魔女の声を聞き取ることはできた。一字一句聞き漏らした言葉は1つもないと断言できる。
それなのに、魔女が話した言葉を復唱することはできなかった。言葉を聞いたのだから言えるはずなのに、その言葉は頭の中で思い浮かべることも口から音として出すことも許されなかった。
熱に我慢しながらリリフラメルを無理矢理抱え上げて、言葉にできない魔女から逃げようとした。
リリフラメルは構わずに炎を魔女に向かって放ったので、逃げながらも顔を振り返ってその様子を見届けてみた。
「エリスロース、1つ聞いて良いか? リリフラメルが放ったものが何か分かるか?」
「分かるが分からない」
すぐに顔を元に戻して逃げに専念する考えに切り替えることができた。
「エリスロース、ドミノを頼む。ドミノ、逃げろ!」
すぐに異変に気付くことができて良かったと思う。神の御加護から見放されている俺だからこそ、この異常事態に気付くことができた。
魔女が与える効果は、様子を見ている俺だけに及ばない。エリスロースが俺と同じような意見を述べたことで、少なくとも1人を対象にしている魔法ではないことが分かった。
リリフラメルの放ったものが、魔女に到達した瞬間、それが何なのかを言葉で言い表すことができなくなったのだ。
そのものの色は分かる。どういう形態をしているかも分かる。それが身体に曝されたらどういう結果を生むのかも分かっている。分かっている。
分かっているのに。
言葉で説明できないのだ。
それは異常だった。
逃げるのは当たり前だろう。
リリフラメルの得意分野で、彼女が両親から受け継いだ証であるものが、思い浮かべることもできず言葉で表せなくなったということは、詠唱できなくなったことを意味する。
「何かがおかしい! 何だこれ!」
1歩遅れて異変に気付いたリリフラメルが叫ぶが、もう手遅れだった。
彼女の身体から簡単に出ていたものが、もう出なくなってしまっているのだ。
「エリスロース! 奴を知っているのならどういう魔法を使うのか教えてくれ!」
「『歪んだ円卓の魔女』の1人。魔女の中でも1、2を争う程、赦されなかった魔女。無衣の魔女。それ以外に答えられることはない、ああない」
「知ってはいるけれど、答えられないって意味か?」
「ああそうだ」
決心はすぐにできた。
光の筋を今も尚走らせているリリベルの元まで、今すぐに向かわなければならない。
俺の元に集まった雷が、再び離れて周囲に散った時に、魔女に触れさせてはならないと思った。
奴は認識を捻じ曲げる魔女だった。




