避けるべき悲哀3
アイツは傍から見りゃあ頭のおかしい俺に平気で接してたな。
これまでに色々ありすぎて、初めて会ったのがいつだったかはもう覚えちゃいねえが、会った場所は覚えている。
酒場だ。
酒を飲んでなくても、酔ったふりをして泣きながら店に入って行けば、そこの客も店のおやじも俺を泣き上戸の酔っ払いだとしか思わねえ。
そうして盗みで得た金で、酒と飯をかっ喰らって腹を満たしていた。その時にたまたまオリミーが俺に興味本位で話しかけてきた。
アイツはとにかく俺よりはアタマは良かった。
計算はできるし、読み書きもできる。どこで知ったのか魔法に関することも詳しかった。
訳の分かんねえ言葉を使ってたから、絶対にその辺の町の身分の奴じゃねえのは確かだ。
実際、アイツの素性を聞いてみたら、どっかの町の偉い役人として働いていたと言っていた。そんな奴が場末の酒場に来る訳が無えから本当かどうか怪しいもんだが、それで疑うことまではしねえ。
オリミーは俺の異常を呪いによるもんだと言って、更にその呪いの解き方やらまで知っていた。
呪いなんて馬鹿げた話、当然信じやしなかった。
だからアイツはわざわざ、呪いを知ってる奴や過去に書かれた本を俺に見せて信じさせようとした。今もそこまで信じちゃいねえが、アイツが熱心にやってくれんのを見ていたら、くだらねえと思うことまではなくなった。
アイツは賢者の石とかっていう宝を狙っているらしい。それで何をしたかったのかは、アイツが語りたがらねえから分からねえ。
とにかく、アイツは宝のために、商人がアタマ張ってる国に行ったり、耳の長えエルフっとかっていう奴等の国に行ったりしたらしいが、宝は見つからなかった。
そんで宝が欲しくて調べまくっていた時に、アイツは泣きまくる呪いに関する情報を知ったらしい。
向かう目的地が同じだってこともあって、俺たちは一儲け考えてる奴等を集めてオリミーと一緒にこの国に来た。
他の仲間は楽しそうにしていやがった。
口を聞かねえ薄気味悪い奴等を殺してまわって、そっから魔力を石に詰め込んでた。その石が袋に溜まっていけばいく程、金になるんだとよ。
「それで、他の仲間は?」
「知らねえ。助けろのひと言も言わねえんだから、死んだんじゃねえか」
「そっちは探す気はないんだな」
「オリミーが呼んだ奴らだ。興味はねえな」
青い女が近付いて来やがったから、すぐに距離を離した。コイツが近くにいると暑いんだよな。
「盗みを働いていた連中だ。助ける気なんかないけれど、そいつ等は助けなくて良い?」
「ああ、構わねえよ。頭数揃えたって敵わねえ奴等がいるって知ったら、どうでも良くなった」
「お前の性格も気に食わない」
いきなり走って殴りかかって来やがる。頭がおかしいのか、この女は。
「ところで、お前の名前は何て言うのだ?」
そういやあ、まだ名乗っていなかったな。名乗る気はなかったが、別に名乗りたくない訳でもねえから「ドミノだ」って言った。
◆◆◆
突然、爆発が起きたというところまでは覚えている。
気付いたら深い穴に落ちたみたいで、頭上に遠く見える赤い空以外は辺りは真っ暗だ。
手足や胸が針で刺されたかのように痛み続けていて正直、この場から動けそうにない。
ドミノを呼んでみたけれど、反応はない。まあ、彼の性格からして俺を助けてくれるかは半々といったところだろうか。
そもそも生きている可能性すら薄い。
たまに暗闇の向こうから叫び声がこっちに響いて来ていた。
地下通路か何かだろうか。反響具合からして、相当奥深くに道が続いているようだ。
金目当てのごろつきを雇えば、少しは身の回りを固められると思ったけれど、あんな爆発があってはひとたまりもなかった。焦りが最悪の結果を生んでしまったことを今、反省しても無意味とは知っていても、後悔せずにはいられなかった。
「うぎやああ!!」
また叫び声が聞こえた。
相当近い。
叫ぶ程の何かがいる。おそらく叫びをあげた奴等にとって、敵対的な存在がいることを表している。
その声からして、近いうちに俺も死ぬのだと察せられて、生きることは既に諦めている。
ただ、いつ敵対的な存在が俺のところに到達して叫び声をあげさせる羽目になるのか、怯え続けることしかできない。
耳を澄ませて、いつになったら死ぬのかを考え続けていたら、すすり泣く音が聞こえてきた。
ドミノかと思って彼の名を呼んでみたが、返事はなく泣き声だけが反響して返って来るだけだった。
泣き声が徐々に聞き取りやすくなって、それがドミノの泣き方でないことに気付いてから、鼓動が跳ね上がっていくのが分かった。
そして、暗闇の向こうから言葉を放たれた。
「怪我をしている。痛そう」
俺を心配する声は鼻まじりで、この辺りに響く泣き声の張本人はその声の主であることが判明した。
言葉を交わせることに関しては驚いた。
「誰だ……なぜ、泣いている……」
まさかドミノと同じ境遇の者が彼と同じように、泣き止みたくてこの土地にやって来たのではないか。一瞬だけ、そう思えて、質問をしてみた。
「痛みを必死に我慢している。かわいそう。悲しい」
「もしかして、涙が止まらないのか……俺の仲間にアンタと同じ奴がいるんだ。もし、そうだとしたら話を聞かせてくれないか……」
喋ろうとする度に胸や喉が痛みを引き起こして、言葉を途中で途切らせてしまうが、そこはひたすら我慢だ。
言葉が通じると分かった瞬間、命乞いのように会話を試みようとしていた。言葉が通じない種族ではないということが、これ程までに心を軽くさせるとは思わなかった。
そう思ったのも一瞬だけだ。
「煉瓦が割れている。元はひとつだったのに、悲しい」
再び鼓動が跳ね上がった。
暗闇の向こうにいる存在は、俺が知っている言葉を話すというだけで、まともな会話ができる存在ではなかった。
普通は、煉瓦が割れていることに悲しんだりはしない。
普通は、痛みを我慢している俺のことをかわいそうだと評したのなら、助けるだろう。それがいつまで経っても暗闇の中から声をかけるだけで、助ける素振りを見せない。助ける気がなかったとしても、近付いて来もしない。
普通ではない者がすぐそこにいる。
一縷の望みに賭けてもう1度、暗闇の向こうに声を投げかけてみることにした。
「頼む……もし、慈悲の心があるのなら助けて欲しい……」
「酷い。酷いことばかり起きている。涙が止まらない。心が痛い、悲しい」
もうそれ以上、声をかける気にはならなかった。
そもそも、それ以上言葉を話すことはできなかった。
手足や胸に走っていた痛みなんか目ではない程の痛みが全身にやって来たからだ。
空からやって来る僅かな赤い光を頼りに、身体に何が起きているのかを確認してみたが、見なきゃ良かったと後悔する。
とりあえず叫ぶだけ叫んでみた。そもそも叫ぶ以外の選択肢がなかった。おそらく人生で1番叫んだ。
「泣いている! 悲しい!! 痛い痛い痛い!!!」
涙は止めどなく溢れていた。




