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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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奪うべき力5

 ストリキネの動揺が伝わってきている。彼も吐炎(とえん)に初めて耐える者が現れたことを驚いている。

 恐らく、炎を耐えられた驚きが呪いを伝って涙を溢れ出させていることだろう。


 剣を黒鎧から引き抜き、撤退することを決断する。

 戦い方を考えねばならない。崩れかけのレムレットで、これ程異質な者共と出会うことを予想していなかった反省をしなければならない。


 俺たちはここで死ぬ訳にはいかない。

 ここまで来たというのに、理想郷はまだ遠い。




「ストリキネ、戻ろう」

『馬鹿も休み休み言え』


 ストリキネ自身は引く気などなかった。人間如きに撤退を行うという事態が、彼の矜持を深く傷付けることは明らかだ。

 それでも彼は契約者である俺が死ぬことを恐れて、矜持を曲げねばならないことも理解していた。


 青炎を吐きながら、ジリジリと後ろへ後退していく彼を確認しながら、俺は奴等との距離を一気に離しにかかった。


 追撃はなかった。

 追わずとも良いという奴等の意思がすぐに伝わり、舐められているのだと感じた。屈辱的だった。






 奴等とある程度距離を離してから、ストリキネの背に乗って上空で旋回を続けながら地上の様子を窺った。

 わざと地上の生者に向けて俺たちの姿を誇示することで、挑発に乗る者を探しているのだ。挑発に乗る者がいないのであれば、この近辺には何者も存在しないか、俺たちを攻撃できる力を持たない者しかいないという確認になる。


 あの3人は除くが。


『ジークよ、我の(はらわた)に溜まった(いかり)をどこに吐き出させるつもりか』


 ストリキネの不満が俺にぶつけられる。彼は不満をぶちまけられる場所を求めている。

 奴等と戦った場所辺りを目を凝らしても、既に奴等の姿はない。燻りかけている火の灯りが僅かに見えているだけだった。


 彼は俺が何を見ているのかを察知して、更に咆哮の色を強くする。


『掃けば埃のように舞う人間共を、我が避けることなど有り得んぞ』

「ストリキネの炎と同じ炎を使う女がいた。炎の勢いはストリキネと全く遜色ないものだった」

『愚かな。我の炎に対等に渡り合える者が存在するだと? 呆れて言葉も出ぬわ』

「黒い鎧を被った男は、この剣で確かに殺したはずなのに、動きが止まらなかった」

『脆弱な人間さえも抹殺できぬ程、お前の刃が非力であったというだけのことよ』


 ストリキネからすれば、人間は爪を立てれば簡単に肌を破れるような存在だ。骨など小枝に過ぎない。

 だから、剣で刺して殺せないのは、俺に問題があると言って疑わなかった。気持ちは分かる。俺でさえ、刺し方が悪かったのかと一瞬考えた。


「奴を殺した感触は確かにあった。これまでに何百人もの有象無象を剣で殺してきた経験が、同じだと感じさせた」

『勘が鈍ったな』


 ルクセナティアで聞いた噂を思い出した。

 そんなできすぎた噂など真実であるはずがないと信じることはなかったが、まさか奴が噂の人物なのではないのか。


 年端もいかぬ金髪の魔女には、たった1人の騎士を従者がいた。

 その騎士は素肌を一片たりとも見せぬ黒い鎧に身を包んでいた。金髪の魔女を守るために、黒鎧の騎士は自らに不死の呪いを宿し、その身が何度砕かれようと魔女を害さんとする者を全て抹殺する。

 だから、金髪の魔女と出会ったら絶対に危害を加えてはならない。1度でも魔女を害せば、黒鎧の騎士が地の果てでも追いかけて、その者を殺すまで破壊の限りを尽くして止まることはないと。


 そういう噂だ。




不死(しなず)の異形だと?』

「噂の人物が奴であるなら、剣で刺しても死なないことに納得はできるさ」

『ならば金髪の魔女とやらはいたか? 鎧の色だけで噂を真と判断するは余りにも浅はかであろう』

「黒い鎧を着る者で、俺が殺せそうにない奴が他には思い当たらない」

『世界を知らぬ無知を棚に上げること程、愚かなことはあるまい』


 ストリキネはあくまで俺の知識を疑えと言った。思い込みで物事を語るなという彼の意見は至極真っ当なものだった。

 だから、それ以上は言葉を続けることはできなかった。


 だが、奴等は殺さねばならない。


 理想郷はもう目の前まで迫っている。俺たちが救われるために、その道程を歩き回っている者は誰であろうと皆殺しにしなければならない。例え路傍の小石だろうと、邪魔は排除しなければならない。


 俺たち以外の誰も、救われるべきではない。


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