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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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奪うべき力2

 どうせ壊れかけた民家ばかりなのだ。

 今更、ストリキネの炎で灰燼(かいじん)に帰してやっても、誰も悲しまない。そもそもレムレットの国民がどうなろうと、何の情も湧かない。


『我が灰にしてやった人間の首をわざわざ斬ることもあるまい』


 ストリキネと契約を交わした俺は、彼と距離を離していても会話ができる。もっとも、俺が仕えるルクセナティアでは、距離が離れていても会話できる術を持つ魔法が存在しているから、特別視される力ではない。


「まだ生身が残っている奴だけの首を落としているだけさ。以前、殺したと思って無視した奴の息がまだあったことを覚えていないのか」

『ああ。お前の腹が貫かれた時か。ふん、全く人間はか弱い生き物よ。あれしきのことで死にかけるとは』

「か弱いから知恵をつけて種を生き永らえさせてきたのさ。その知恵の結果が首切りだ」


 上空では彼の咆哮と共に青い炎が撒き散らされていくのが見える。

 別の方向にいる盗掘者共の阿鼻叫喚が聞こえてくるような気がしたが、耳を澄ませる程の興味はない。


『お前も悪趣味な男よ。切り落とした人間の首を、横に並べることに何の意味があるか』

「魔力を求めて来る無謀な者たちへの警告になる。一々全てを相手にする手間が省けることを願うさ」

『人間であるお前なら理解していよう。愚かな人間が学ぶことなど、ありはしないと』


 部分的にはストリキネの言う通りだろう。わざわざ危険を冒してまでこの地に到来するような連中だ。命が惜しくて引き返すようなけつの穴の小さいことはするまい。


 だが、心に動揺を与えることはできる。小心者は引き返すかもしれない。

 それでも宝を求めて現れた連中が、動揺しながら俺たちに刃向かうなら、勝ちの目が訪れることはないだろう。戦いには自信がある。




 理想郷への道程には多くの亡者がいた。

 片っ端から殺して魔力を奪い取ってみたが、呪縛の解放に足る魔力は遠く及ばず得られることはなかった。それでも殺す。邪魔だから殺した。




「ストリキネ、少し昼寝をしたい」

『惰眠を貪るが良い』


 俺に惰眠などやって来ないことを知っていて、ストリキネはわざと言った。

 だから俺は彼に意趣返しをする。


「涙は落とさないでくれよ。雨かと思って起きかねないからな」

『ふん』


 拗ねたように彼は上空で吼えた。


 俺は深い眠りに就くことができない。微睡(まどろ)むことしかできないのだ。


 どれだけ滑らかな布を使おうとも、極上の羽毛に囲まれようとも、机の上に突っ伏してうつらうつら眠った時のような感覚しか得られない。

 僅かな物音や、風や揺れで受ける感覚など、あらゆる外からの反応で身体は覚醒してしまう。


 少しの魔力で過敏に反応してしまう身体が、誤解の悲鳴を上げてしまうのだ。難儀な身体だ。

 この体質は慣れない。一生慣れることはない。




 目を閉じて眠り、夢を見る暇もなくまた目が覚めた。




 凝固した血で覆われた剣を持ち、眠りを求めて殺す必要のある者を潰す。




「ストリキネ、交代だ。そろそろ休んだらどうだ?」


 頭上で旋回して翼を羽ばたかせている彼にそう問いかける。


 すると彼は翼を折りたたみ一気に滑空して、地面すれすれまで落ちると一気に翼を広げて風で勢いを殺して着地を行った。舞い上がった砂埃が顔に当たって非常に不快だが、彼はそのようなことを考慮したりはしない。


『我が休んでいる間に、命を落とすようなつまらん真似はせぬように心掛けよ』


 一々尊大な物言いで俺に文句をつけるストリキネだが、これでも彼からの一定の信頼は得ている。

 俺の言葉を素直に聞き受けて地上に降り立つこと自体が、本来であればあり得ないことなのだ。彼は俺以外の他者の提案など、絶対に聞き入れたりはしない。他者が安易な提案などしようものなら、大抵は炎で窒息させられるか、足の爪で腹を切り裂かれて内臓を溢す羽目になる。




 ストリキネが腰を落として身体を丸めて睡眠の体勢を取るのを確認してから、周囲に邪魔な奴がいないか索敵に回ろうとした時だった。


 頭の中からストリキネとは異なる声が聞こえた。


『ジーク、状況の説明をお願いします』


 俺と契約を交わしているせいで、ストリキネも声に反応した。


「ルビン神官ですか」

『全く……我の睡眠を妨げようとは。城を立つ前に奴の頭蓋を噛み砕いておくべきだった』


 ストリキネが涙を流しながら吼えた。

 彼、というよりドラゴンという種族は、基本的に自身以外の全てを見下す傾向にある。特に人間やゴブリンは、彼等にとっては文字通りひと息で殺せるような種族だから、より強く見下してものを語ろうとする。


 とは言え彼は、俺の意志にそぐわないことをするようなドラゴンではない。

 この会話を邪魔することも、ルビン神官を殺すようなことも実行することはない。何度も言うがそれぐらいの信頼は彼から得られているのだ。


「王城から北東へ直進し、レムレットを国境を越えて首都まで辿り着きました。ここに至るまでの道のりにいた全ての生物は皆殺しにしました」

『よろしい。では、我々も明日から進軍を開始します。くれぐれも罪なき民は殺さぬように。神は多くの死を望みませんから』


 そう言って、ルビン神官からの一方的な会話が切断される。


 遠く離れた場所からでも会話を可能にするなんて便利な世の中になったものだ。


 その便利な魔法の仕掛けは、懐にしまってあるたった1つの魔力石にある。

 この魔力石は2つで1組になっており、全く同じ魔法陣と魔力がそれぞれに練り込まれている。その魔力石が起動すると、周囲の音を吸収して魔力となる。

 そして、その魔力はもう片方の魔力石に向かって、非常に細い線の魔力となって空中へ飛んで行き、相手側に届いた魔力が魔力石から放出されて音となる。そうして音のやり取りを魔力に乗せて会話を行うのだ。


『ふん、お前たちの信ずる神などこの地のどこにもおらぬというのに、滑稽なことよ』

「泣くのか笑うのかどっちかにしろ」


 ストリキネの言うこと自体は否定しない。

 ルビン神官、というよりルクセナティアが信仰する神は、随分と俺たちに都合の良い神だからだ。


 ルビン神官やその他の政治屋と差し支えのないやり取りをするには、表面上は神を信奉していなければならないことが、鬱陶しくて仕方がない。

 神など信じていないからだ。


 ただ、俺は安眠の探求とレムレットへの復讐を糧に、ルクセナティアの兵士として殺すべき相手を殺し回っているだけなのだ。




 レムレットへの復讐の理由は単純だ。

 巨大なレムレットの国土の一部には、俺がもといた国があったのだ。まだ国が滅んでから時は浅い。

 あの時のことは今でも細やかな場面を鮮明に思い出すことができる。


『感傷に浸っているつもりか?』


 互いの感情すら読み取ることができてしまう契約は、こういう場合においては難儀なものだ。


「戦いの原動力になっているのだから、感傷に浸る必要は十分にあるさ」

『ふん、それで不意の死を回避できるなら好きなだけ浸ると良い』


 これでも気を使ってくれているストリキネの言葉を無言で受け取る。


 再び国が滅ぶ様子を頭の中で呼び起こしながら、この剣と共に殺して良い奴等を探しに周囲を歩き回った。


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