奪うべき力
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「ストリキネ、涙は枯れたか?」
『愚問も愚問であるぞ』
その質問に意味がないことは知っていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
『ジークよ、眠りに就くことは叶ったか?』
「まさか。1度たりとも安眠を迎えたことはないさ」
意趣返しで絶対に叶うはずのない望みの実現を尋ねられる。
万年、不眠により頭痛や倦怠感に悩まされている俺に、十分な睡眠という言葉は遥か遠くの理想郷を見つけることと大差はない。
魔力酔いの症状が俺の安寧を邪魔する。
「レムレットはもうすぐだな。もうすぐ、俺たちは平穏を取り戻せる」
『ふん。神官の妄言に縋りつく羽目になるとは、情けないものよ』
「類を見ない魔力の塊が彼の地にあるなら、縋りつきたくもなるさ」
ストリキネの背に乗るのは慣れた。
彼とはもう何年も共に戦いに身を置いている。この身体でよくここまで生きてこられたと思う。
彼と契約を交わしていなければ、とっくにどこかで朽ち果てていただろう。
『人間を殺すことに躊躇うでないぞ』
「同じ種族だからといって、今更躊躇はしない。それに、今や彼の地は魔力を求める盗掘者と亡者でひしめき合っている。ただの人間などいようはずもない」
『覚悟があるならば、それで良い。ならば我の炎で灼き尽くしてくれよう』
黒龍であるストリキネの翼を利用すれば、遠い異国の地への移動も苦にならない。
そして、彼の炎と俺の剣で、刃向かう者は皆殺しにしてやる。
ストリキネの呪いと俺の体質、それぞれの苦しみから解き放たれるために、レムレットにやって来たのだから。
『空は朱く染まり、地上は人間の名残りが残っている。正に地獄に相応しいではないか』
ストリキネの言う通り、空は常に赤く染まっていて、空の色が地上にも反映されている。
地上の街並みに1つとして無事な建物はなく、この世の生にしがみつこうとする亡者たちで溢れかえっている。
話には聞いていたが、実際に見てみると壮観だ。
ストリキネの涙が風になびかれて、たまに顔に飛び散ってくるが、この惨劇の跡を見て悲しんでいる訳ではない。呪いによって絶えず涙を流しているのだ。
絶え間なく流れ落ちる涙のせいで、彼の頬部分だけは漆黒の鱗ではなく淡い灰色に脱色されている。
呪いによって生まれているのは理由のない哀しみの感情だ。長い生を哀しみの感情に傾き続けた彼は、狂いかけている。
いつかは完全に自我を崩壊させて、誰の制限もなく暴れ回ることになる。本人がそう予感していると語っていた。
『!? 掴まれ!』
ストリキネの合図で一気に身体が横に傾いた。
それと同時に地上から魔法と矢が解き放たれていくのが分かった。魔力を追い求めて来た俺たちを間違いなくねらっている。
『小賢しい猿共よ。今すぐ灰にしてやろうぞ!』
「頼むぞ!」
彼はその場で羽ばたきながら、体勢を縦に変えて大きく肺を膨らませた。
すると口から一気に息が吐かれて、息の勢いと同時に青い炎が噴出する。
次の攻撃として飛来してきた魔法を炎だけで掻き消して、そのまま詠唱者を飲みこんでいくのが見えた。
わざわざ俺たちが的になる必要はない。ストリキネには、一帯を炎で焼いた後は俺をこの地に降ろしてもらうように命令する。
地上で奴等を斬り殺す準備はできている。




