知るべき痛み3
白髪と口の周りに白髭を蓄えた皺の多い老人がやって来た。
彼はトゥットと呼ばれる賢者だ。魔法使いにして賢者の石を生み出した張本人である。
黒衣の魔女を古くから知る1人でもあり、貴重な情報をもらえると共に心からの信用はし辛い者でもある。
出会ったのは大陸から離れて海を越えたまた別の町だ。
それがなぜこのような所で出会えたのか。
「なぜトゥットがこんなところにいる?」
振り返って彼の姿を捉えるのと同時に、今度はラルルカがいなくなっていた。
足元にある自分の影を見て、いつもより色の濃い暗闇に変化していることに気付いた。彼女は俺の影に隠れている。
「あの婆の気配を感じてやって来たのじゃ。ここまで生きていられたことを見るに、どうやら儂の見立てに狂いはなかったようじゃのう」
彼は自慢気に言ってみせた。
あの婆というのは黒衣の魔女を指しているのだろう。
そして見立てというのは、黒衣の魔女の病によって瀕死になりかけた俺を興味本位で治したことを指すのだろう。
黒衣の魔女の病に対抗できる者は、白衣の魔女オルラヤ・アフィスティアかトゥットの2人ぐらいしか知らない。
いや、2人いるだけで多いと考えた方が良いか。
とにかくそれ程の人物に会えたのだから、彼に特定の魂を探す方法を尋ねてみるのも良いと思って聞いてみた。
それとなく場を繋ぐ話を重ねて、そして今この大陸で起きていることをできるだけ伝えてから本題に入った。
「ある魔女の魂を探して蘇らせたい」
「大それたことを抜かすのう」
「馬鹿げたことだということは分かっている。何らかの禁忌に触れるぐらい赦されない行為だということも理解している」
「お主の手によって蘇った魔女が再び死ねば、地獄の王、ひいては神から決して赦されざる存在になることは理解しておるのか?」
同じような言葉を地獄の王からも言われたことがあった。
1度死に、再びこの世界で生きることになった俺は、1人の人間の魂で精算できない領域に達する程の罪を犯しているらしい。
だから、セシルに俺と同じことをしたのなら、彼女も大罪人になってしまう。
トゥットはそれを咎めているのだろう。
生憎だが今の俺はもう良い人間ではない。
救いたい者を救おうとした結果、世界を破壊して地獄の王を殺し、数え切れない命を潰した大悪党だ。
後悔に精神を摩耗され続けながらもそれでも尚、俺が考える最良を求めて進み続けなければならないと悟り、命を潰し続けることを止めなかった。
その代償が丘の下で金を渡した行為だ。あれは彼等のためでもあるが、俺のためでもあった。
己の都合で摩耗した精神を癒やすための身勝手な行動なのだ。
だからラルルカは俺の行動を偽善だと評して鼻で笑ったのだ。彼女は正しい。
「理解しているさ」
「面白いのう。理解していて突き進むか。お主、相当狂っている」
開き直っている訳ではない。
他者から見ればそう思われても仕方ないが、決して俺には開き直ってやりたいなんて気持ちはない。
ただ、納得できない別れ方をした友を再び取り戻したいと思う気持ちがあるというだけだ。狂者の扱いをされてもこの気持ちは、抑えるつもりはない。
「ところで、お主の中にいる奴は誰じゃ。随分と無駄な魔法の使い方をする面白い奴じゃのう」
トゥットはラルルカが影の中にいることをいとも簡単に見抜いた。
そして、ラルルカは彼の言葉に反応して一瞬で影から姿を現した。
トゥットにとっては挑発するつもりはないのだろうが、彼女はそうは受け取らなかった。彼女にとっては敬愛する夜衣の魔女から伝えられた自慢の魔法だ。
一瞬で怒り心頭に発した彼女は影を身に纏い、真っ黒な狼の形となってトゥットの喉笛を噛み切ろうとした。
辛うじて身体が反応できて、狼を腹から抱えることに成功した。彼女を抱えているという事実だけで、恐ろしくて鳥肌が立つ。
殺したくて仕方がない奴に行動を制限されて、怒りの矛先が此方に向かないか気が気ではなかった。
「喧嘩を売る相手は考えた方が良いわよ!!」
獣の唸り声と、噛み砕こうとする振り乱した顔から黒い影が涎のように飛び散る様は正に狼のようだった。
「ラルルカ! 頼む、落ち着いてくれ!」
「さっさと手を離しなさいよ! クズ野郎!」
「最近の若者はつまらん奴ばかりだと思っていたが、考えを改めた方が良いかも知れんのう」
「トゥットも相手を逆立てるようなことは止めてくれないか!」
争いごとを見ることに慣れた己が嫌になってきた。
ラルルカの動きを押さえ続けていたら、その内に彼女は観念してトゥットを殺そうとすることを止めて、再び俺の影に潜った。
次回は11月18日更新予定です。




