知るべき痛み
俺とリリベルが寝泊まりする部屋の隣には、オルラヤとクロウモリが寝泊まりしている。正確には後もう1人がいる。
「彼女は……おっと、すまない。後でまた来る」
扉を叩いて、部屋を開けてくれたのはクロウモリだが、彼と部屋の中をひと目見て気まずくなってしまった。
クロウモリはシャツのボタンを掛け違っていて、慌てて俺を迎え入れようとしたことが窺えた。息も荒い。
そして、オルラヤはベッドの上で着替えている最中だった。
馬鹿がつく程仲の良い2人であることを考えれば、何があったかはすぐ分かった。
『大丈夫です! 大丈夫です!』
踵を返そうとする俺の服を引っ張って無理矢理引き留めて、大判の紙に書かれた文字を俺に押し付けるように見せた。
大丈夫と言われても気まずいものは気まずいのだが……。
「ヒューゴさん、はあ……はあ……大丈夫ですよ。入ってください。丁度終わったところなので」
「いや、親指を立てられても困るし、丁度終わったなんて言葉は聞きたくなかった」
しかし、クロウモリの腕力にかなうはずもなく、俺は無理矢理部屋の中に引き寄せられてしまった。
他人の情事を目の当たりにした時程、気まずいものはない。
「セシルさんは此方です」
気まずいながらもオルラヤに案内されたのは、2人が寝ているベッドとは別にもう1台のベッドで寝ているセシルだった。
彼女は死んでいる。
紛れようもなく死んでいる。
ただ、オルラヤの魔法によって彼女は常に生きている状態にある。
それは俺がノイ・ツ・タットで死んだ時にリリベルがやってみせた手法と同じで、今のセシルはそれと同じなのだ。
魂だけがない抜け殻の状態で、身体だけは生きているように見せかけている。
俺からオルラヤに頼み込んで、セシルを生きている状態にさせてもらっている。
セシルの「両目をくり抜け」という遺言は中途半端にしか達成できなかった。
1つはくり抜いた。くり抜いてしまった。
だが、2つ目はどうしてもくり抜くことができなかった。2つ目の目玉をくり抜いてしまったら、彼女の遺言は達せられたことになる。そうすると、彼女は死んだという現実が確定してしまう。
俺はその現実を受け止めることができなかった。
片目を失ったということ以外は彼女は綺麗なままだ。
「ヒューゴさんが生き返ったという前例があるから私は何とも言えないですけれど、本当にセシルさんの魂を探すのですか?」
「別れ方に納得がいかないんだ。どうしても彼女を甦らせたい」
「ヒューゴさんとリリベルさんには助けられましたし、この命を救えるなら私も力にはなりたいです」
オルラヤは1人でも多くの命を救いたいと考える性格だ。
セシルの件に関しても快く力を貸してくれているはいるが、セシルのためだけに力を貸そうとも思ってはいない。
セシルを維持する力で他の者を救えるなら彼女はそうするしそうしたいのだ。
期限が必要だった。セシルを維持してもらう時間を決める必要があった。
そう彼女は暗に示しているのだ。
『僕が力になりますよ』
クロウモリが速筆して言ってくれた。
嬉しいが、オルラヤと物理的に距離を離すことができない彼が行くとなれば、またオルラヤが指を食いちぎりかねない。
見ていてあまり嬉しいものではないので、それとなくお断りさせてもらった。
命を救う役割を担えるのはオルラヤしかいない。彼女の心配事を増やしたくはなかった。
「できればひと月はこのままにしてほしい。それより後は、諦める」
死地へ向かうことをリリベルが許してくれるだろうか。許して欲しい。
とりあえずは、セシルの様子を確認して元気そうであることが確認できたので、この部屋に来た目的は達成した。
2人に対する気まずさもまだ残っていたので、俺は逃げるように部屋を後にした。




