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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
47/736

初めての散髪と■■■■

 ある日。


「ヒューゴ君。髪を切っておくれ」


 家の食卓での朝食が終わったところで、私は彼にお願いした。


「俺がか?」

「私以外に誰が髪を切ってくれるのさ。君しかいないだろうに」

「人の髪を切ったことなんてないのだが」

「大丈夫、バッサリ切るだけだからさ。あ、でも坊主は嫌かな」


 サルザスで捕虜になってから、私は髪を一度も切っていない。

 そのせいで腰まで髪が伸び切っていい加減鬱陶しいのだ。意外と頭も重くて困っている。




 家の外に出てから、服を脱いで庭の切り株に座り、彼にハサミを渡す。


「何も素っ裸にならなくてもいいだろう」

「髪の毛が服に引っ付くと痒くて嫌なんだよ」


 私は指で示して肩の下辺りまで切るようにお願いする。

 切る前に彼が私の髪を整えるのに櫛の代わりに手で撫でてくれたのだが、これがとても気持ち良い。

 とても良い気分である。


 彼は髪を束ねて掴み、最終確認を私にした後ハサミを入れた。

 一気に背中に冷んやりとした森の空気が当たるようになった。


「やっぱりおかしくないか?」


 彼があまり不安そうにするので確認してみたら、私の後ろ髪は横一直線に切られており、確かになんだか変だった。


「縦に少しずつ切ってみたら良くなるのじゃないかな」


 私は正直頭が軽くなったらそれで良かったので、彼が納得するまで切らせてあげることにした。


 ヒューゴ君は緊張してハァハァと息を私の首筋に吹きかけてくるから、くすぐったくてつい身体を捩ってしまった。


「あ!」


 じょきっという一気に切ったような音が聞こえて、彼に確認をしてもらうと、どうやら深く切ってしまったようだ。

 かなり奇抜な髪型だそうだ。

 このまま軌道修正を続けていたら本当に坊主になりそうだね。


「じゃあ深く切ってしまった場所に合うように他も切り揃えて欲しいかな。後、その変な吐息はやめて!」

「ええ!?」


 わいわいぎゃあぎゃあ言いながら、結局ロブぐらいの長さに落ち着いた。

 その後は前髪も切って、全体的に梳いてもらってなんとかそれらしい髪型になった。

 今までで1番緊張感のある彼とのやり取りになり、思わず口から安堵の息が漏れ出てしまった。


「ありがとう。ばっちりだよ」


 鏡で確認してみたが、意外と可愛い髪型になっていて驚いた。


「心臓に悪くて2度とやりたくはないな」

「次もよろしく頼むよ」


 私のお願いに、彼は絶望したような顔をしてこちらを見つめていたのが面白かった。




《魔女に触るな》


 それはあまりにも突然だった。

 空全体から響くように声が聞こえた。


 聞いたことのある声なんだけれども、誰なのか分からなかった。


「どうしたんだリリベル?」

「いや、なんでもな――」


 私が振り返ってヒューゴ君の方を見た時のその景色は、奇妙なものだった。

 私と彼の間に謎の手があった。


 手は途中で切れていて、途切れた部分にはひびが割れているような箇所が見える。

 宙空にある手は、ヒューゴ君にハサミで貫かれている。

 彼はハサミを柄ごと握りしめ、切る握り方ではなく突き刺すような握り方をしている。


《いってぇ》


 どうやら、声の主はこの手のようだ。


 私は何がなんだか分からないので、彼にこれはどうしたことかと尋ねてみた。

 でも彼は答えることなく固まったままだ。


 すると今度は宙空に浮かんだ手が、ひび割れる音を更に立てながら腕、足、胴体と何もない所から現れ始めた。


 私は切り株から立ち上がって、得体の知れない者と距離を取る。


 そして、最後に頭が出てきた彼の顔はヒューゴ君だった。

 今、私の前にヒューゴ君が2人いる。


 うーん、何だこれ。


「やっと入れた!」


 ハサミで刺されたヒューゴ君が叫ぶ。

 便宜的に彼を「刺されたヒューゴ君」と呼び、ハサミを使った彼は「刺したヒューゴ君」と呼ぶことにする。


 刺されたヒューゴ君は、無理矢理に刺さっていたハサミを抜き、私の近くに歩み寄った。


「大丈夫かリリベル――って何でお前服を着ていないんだ!?」

「なぜって髪を切るのに服を着ていると髪がひっ付いちゃうから……」

「ああ、髪を切った時の話か。そういえばあの時は服を脱いでいたな」


 彼は着ていた茶色のコートを脱いで私に着せると、頭を撫でてくる。

 私はとりあえず彼にされるがままになった後、ツッコミを入れてみた。


「こ、これは一体全体どういうことなんだい!? なぜ君が2人いるんだ」


 刺されたヒューゴ君は、私の頭を撫でるのに満足したのか刺したヒューゴ君と対峙する。

 刺したヒューゴ君は、ハサミを手に持ったまま動きがない。


「リリベル、ここは夢の中だ。俺たちは今、微睡む者(ドーズマン)と戦っている」


 夢の中?微睡む者(ドーズマン)

 全く合点がいかない。


「あー。あーあーあー」


 刺したヒューゴ君が突如口を開いた。

 彼は片手を顔に被せて伏せてしまう。


「むっっっっかつくなあ!! 気持ち良く夢を見させてくれよ!」

「ヒューゴ君……?」


 刺したヒューゴ君は、私が彼と会ってから初めて聞く口調で怒っているみたいだった。


「アイツを俺の名前で呼ぶな!」


 刺されたヒューゴ君が私に怒る。

 2人に怒られているみたいで、すごく悲しい気分になる。


「あ、すまない」


 刺されたヒューゴ君は、少しだけ身体を私の方にに傾けて私の頭を撫でてくれた。

 普段の彼が絶対にしないことなので、尋常じゃなく気持ち悪い。正直、どちらもいつものヒューゴ君とは思えなくて不信感が募る。


「おい、魔女(こいつ)の心の中に土足で踏み入るな。腹が立つ」

「うっっっっるさいなあ!! 土足で踏み入っているのはお前も同じだろう! 早くくだばれよ!! 早く早く早く!!」


 ヒューゴ君とヒューゴ君が喧嘩している。


「あの、2人とも。私のために争わないでー。なんちゃって」


 私が場を和ませようと冗談を言ってみたのだが、しばらくの間寂しい沈黙が続いてから2人のヒューゴ君は溜息をついた。

 ひどいよ。


「ここも、もう駄目だな。起きそうだ」

「させるか!」


 刺されたヒューゴ君が丸腰で刺したヒューゴ君に掴みかかろうとするが、刺した彼は一瞬の内に刺された彼との距離を離し、刺された彼は勢い余って転んでしまった。

 物理的にあり得ない移動の仕方で、身体を一切動かさずに刺した彼は遥か向こう側に移動したのだ。


『羊が1匹』

「しまっ――」


 刺したヒューゴ君が呟いた言葉を聞いた私は、急激な眠気に襲われてしまった。

 明らかに魔法を詠唱したと分かった。だが、私が彼に魔法を教えてきた中で、そのような変な名前の魔法を教えた覚えはない。

 微睡む者(ドーズマン)という言葉は分からないけれど、きっとどちらかが敵なのだ。

 おそらく刺したヒューゴ君が敵なのではないかと思う。


 でも既に意識は途切れそうで、目の前にある世界は縦に引っ張ったかのように伸びている。

 景色も人も既に視認できなくなってしまった。


 道理の分からない世界の中、猛烈な眠気に負けそうになるその一歩手前で、彼の声が聞こえた気がする。


《必ず助けに行く!》


 よく分からないけれど、助けてくれるならお言葉に甘えることにしよう。


 助けておくれ。


 私はわずかな意識に言葉をのせて、目を瞑ってしまった。


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