初めての魔女狩り
碧衣の魔女、セシル・ヴェルマランの目をもってしても泥衣の魔女、ヴロミコ・エレスィは倒れない。
周辺は泥の沼地に覆われているこの場所は、ヴロミコの主戦場のようだ。
沼地から泥の人形が絶えず出現し、私たちに迫り来る。
セシルの瞬きで泥人形は心臓が止まったかのようにその場にへたり込み、2度と動かなくなる。
そして、瞬きで死ぬということは、ただの泥なのではなく、中に人間やエルフのような命を持っていた者が入っているのだろうね。一体どれだけの生き物を傀儡にしたのだろう。
子どもが人形遊びに飽きて乱暴に放り投げたかのように泥人形があちこちにいる。100人とか200人とかどころではない。
死臭が凄まじく、鼻がおかしくなりそうだ。
終わったらすぐにヒューゴ君の胸に埋もれたい。おっと、つい欲望が出てしまった。
ともかく、セシルの瞬きよりも泥人形を生み出す数の方が遥かに多く、セシルもローズセルトもそちらに気を配らざるを得ないみたいだ。
ヒューゴ君も私に近付く泥人形を対処するのに忙しそうだ。
もっともセシルは縫い付けられた目の内の片方を開いただけで、もう片方の目はまだ閉じられている。
もったいぶらずに両目でやっつけてほしいものだけれど、彼女は慎重だ。
何せ誤って村1つを滅ぼして、原因も分からずにその後も瞬きし続けてしまった女だ。それが自分の故郷ともなれば、瞬きをすることに一層慎重にならざるを得ないと思う。
『瞬雷』
うーん、駄目だ。
ヴロミコを守る4本腕の泥人形は、間違いなく雷に打たれて砕け散るが、即座に元の形に戻ってしまう。
私の魔法ではヴロミコを殺す決定打にはならない。
セシルに泣きつくことにしよう。
「セシル、ヴロミコを狙い撃ちできないの?」
「『瞬き』で死ぬ相手は……無作為だから……」
うん、駄目だ。
私たちに負けの目は無いが、勝ちの目も無い。
「セシルちゃあん。私は作品を使い切ったゃったのお。ちょっと休憩するから後はよろしくねえ?」
「は……?」
セシルがローズセルトを視界に入れて瞬きを何度もしているのが見える。
ローズセルトを殺す気満々な彼女に、ローズセルトは両手を挙げてごめんなさいと謝っている。
楽しそうだね、あの人たち。
2人の漫才を眺めていたせいで、私たちは4本腕の泥人形の巨大な腕に思い切り弾き飛ばされてしまった。
泥でできているとは言え、それなりの速さで振り抜けば岩と変わらない。
一瞬で意識を失い、吹き飛ばされた先で私は生き返る。
セシルたちも吹き飛ばされていて、ピクリとも動かないが、遠くからセシルを心配する呼び声が聞こえた。
彼女の弟子たちが遠巻きに見守っていたようで、動かないセシルとついでにローズセルトにも回復魔法を唱え、2人は再び立ち上がった。
魔女見習いとは言え、数人からの回復魔法を受ければさすがに傷も一瞬で治る。便利だね。
セシルが弟子たちに感謝として少しだけ声を張り上げてありがとうと言う。
多分あれが精一杯の音量だろうけれど、彼女たちには聞こえていないと思う。
ヒューゴ君は4本腕の攻撃に当たっていなかったのか、私たちがいたであろう場所に1人で泥人形と格闘していた。
『泥団子かな』
ヴロミコは泥の中から何かを拾って、無邪気に泥の塊を投げ飛ばしてくる。
水気のある魔力を持った泥は、ただ投げるよりも距離をもち私たちの方へ飛来してくる。
ヒューゴ君の黒鎧はへこみ、私に飛んできたものはお腹や太ももを貫通し、立っていられずに泥に顔から倒れ突っ込む。
生き返ると、泥のあまりの臭さに顔をすぐに上げる。涙が出てきそうになるけれど格好悪いから必死に我慢する。
「最悪だよ!」
「私は最高かな!」
無邪気に泥遊びをする子どもみたいに、足で泥を蹴り上げて笑うヴロミコに、無意識に過去の私の姿を重ねてしまって腹が立ってくる。
いや、私はもう少し可愛い。
泥人形を顕現させながら、別の魔法を唱えたということは、彼女は魔法の同時詠唱ができるということだ。
魔法の同時詠唱は相当実力のある魔法使いにしかできない芸当で、彼女が真に狂っていなければ簡単に『歪んだ円卓の魔女』となれたでしょうに。
「なんで黒衣の魔女を狂信したんだい!」
『瞬雷!』
私は少し距離が離れたヴロミコに聞こえるように大きな声で話しかける。
ついでに雷を彼女に落とすが、4本腕の泥人形が相変わらず守りを固めている。
「世界中の皆と泥遊びがしたいかな! だから世界中の皆の死体が欲しいかな! だから黒衣の魔女に世界を滅ぼしてもらいたいかな!」
『宝探しかな!』
彼女の詠唱と共に、泥沼の中から金色に輝く塊が見える。金貨だ。
多分、触ると何か起きるような魔法トラップの一種だろうね。
彼女は顔や髪に飛び散った泥を引き伸ばして、無邪気に笑う。
なるほど彼女は確かに世界を終わらせたがっている。リラお婆さんが嫌うはずだ。
魔女は自分の快楽を優先する者が多く、他の命を平気で奪うけれども、それでも、世界に終わりは迎えて欲しくない。
あくまで今ある世界の枠組みの中で狂っていきたいのが、大半の魔女の思想だ。
だから明確に世界に死を迎えさせようとする魔女を排除するため、魔女協会が存在する。
多分、もしも私がヒューゴ君という興味深い人間を見つけられないまま時を経ていたら、あの位置にいたのは私かもしれないね。
『私を愛してよお』
突如、泥人形のいくつかが肉花火となった。
泥人形の中にある生き物の破片が他の泥人形を貫き、1度に何十体もの泥人形が壊れたおもちゃになる。
ローズセルトは、どうやら休憩中に泥人形に破裂する魔力石を、せっせと埋め込んでいたようだ。
「私は死体性愛者じゃないのよお」
「いいからもっと早くたくさん倒して……」
セシルはローズセルトのお尻を足で叩いてこき使っている。
なんだかんだであの2人は仲が良さそうだ。
「リリベル! 俺は大丈夫だ! だから泥衣の魔女を頼む!」
随分と期待されているけれども、何も出てこないよ。
でも、彼女を倒すためにまだ試せることはある。
本当はこの魔法を使いたくなかったけれど、仕様がない。
この魔法は誰かを傷付けるために使うべきではないと今まで思っていた。
でも、このままだと守りたい人を守れそうにないので、私のちっぽけなプライドは捨てることに今決めた。
ごめんね、ダリア。
『万雷!』




