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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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愛すべき閑話3

「ただ、助けが必要ならいつでも言って欲しい。ここに手紙を送ってくれたら良いからさ」


 そう言ってカネリは俺に1枚の紙を寄越した。彼の元へ届く文が書いてあった。


「随分と気前が良いな。女以外にここまでお前が手厚くしてくれるなんて」

「本当だよ。何で男にここまでしなきゃならないのか」

「おいおい」


 彼は笑って冗談を飛ばした。

 その後に取り繕って出てきた彼の言葉は「ヒューゴには色々と迷惑をかけてきたからさ」という言葉だった。


 彼の言う通り、本当に色々とあった。サルザスでの出来事だけは、今も記憶にはっきりと残っている。




「ところで、彼女へのお土産は買わなくて良いのか? 女の子を怒らせて何も行動しないというのは、男の風上にも置けない」

「正直に言って、土産を買って許しを請うという姿勢もどうかと思っていてな……」

「そんなくだらないことで迷うぐらいなら、彼女が欲しかった物が何かで迷った方が有意義だろうに」


 なぜかカネリにも責め立てられ始めて、ここも居心地が悪くなってきた。

 だが、彼はただの女好きではない。彼が女性に対して行う扱いは、おそらく彼の人生の中で最も丁寧で繊細な作業になる。女性と接する時は、彼の全ての行動がその女性に対して向けられる、らしい。


 だから、彼の言葉に従った方が正しいような気はしていた。


「あの店はどうだい?」


 そう言ってカネリに連れられて来た店は、装飾品店だった。

 ほとんどは宝石が取り付けられた装飾品だ。目が飛び出る程の金額が書いてある値札が、厳重に保管されている棚の中に宝石たちと共に並んでいる。


 買えない訳ではない。

 これまでにリリベルから大量の給金をもらっている。金を使う暇がない程、あり得ない巡り合わせが続いてしまっているだけで、本来なら高価な装飾品を買うぐらい訳はないのである。


 しかし、生憎リリベルは宝石に興味を示す魔女ではない。

 彼女の好きそうな色合いの宝石を買っても、彼女が喜ぶことはないだろう。




 外の浮浪者たちのせいで客足が減り、久し振りの客の来訪を喜んだ店の主人の気持ちを更に損なうことはしてやりたくなかった。

 舐めるように店内を見回して、彼女の興味を引きそうな装飾品を必死に探した。


 義務感で探すのもどうかと思う心の中の俺に腹が立って自己嫌悪に陥るが、それでも構わずに探し続けた。




 ネックレス。


 ティアラ。

 ティアラって、どの客層に向けた物なのだ。


 腕輪。

 イヤリング。


 指輪。




 あ、指輪か。


「何かお探しの物でもありますか?」


 店の主人が必死に何かを探し回る俺を見て、助けになれないかと尋ねてきた。

 だが、丁度良い物が見つかった。


 祝祭で俺とリリベルがはめていた指輪は、他人の物だった。指輪に刻まれた文字には赤の他人の名が刻まれている。

 これもまたある意味で居心地が悪かったのだ。


 だから、彼女へ新しい指輪を用意しようと思っていた。




「はい、指……」


 いや待て。

 指輪を買うのは良いが、果たして俺だけで買ってよいものか。




 リリベルは俺だけで買い物をすることを嫌っていたのだから、こういう時こそリリベルを呼ぶべきではないか。

 いや、しかし恥ずかしい。




「あの子と一緒に行った方が良いでしょ」


 悩んでいたらカネリから鶴の一声が入った。彼の言葉を聞いてすぐに俺は決心して、借り家に戻ることにした。




 ◆◆◆




 リリベルの機嫌はすこぶる良かった。

 すごかった。


 すごく可愛かった。




 いやいや。落ち着け。




 改めて状況を確認する。

 カネリとはあの後別れた。おそらく彼はふらっといつの間にか自国へ戻るのだろう。


 そして、リリベルをこの装飾品店に連れて来た。

 部屋に戻っても不機嫌だったリリベルに、一緒に買い物をしようと告げると彼女の顔色は一気に変わった。


「ふふん、さあ行こう。今すぐ行こう」


 ここから彼女の顔色は一気に変わった。るんるんとはこういうことを言うのだろうか。




 黄色のマントを羽織ってスキップ混じりに浮浪者の道を通って、ここに至った。




 何を買うかまでは告げずにいたので、彼女はただ俺と共に行動できるということだけで喜んでいたことになる。

 だから、装飾品店に入って何を買うのかを告げたら、リリベルは更に跳ねて喜んだ。本当に飛び跳ねて喜んでいた。


 彼女はもう年相応とは言えない年齢にまで成長しているから、その行動は合わない。言い方を変えればみっともないとも言える。


 しかし、その年齢に合わない行動こそが、より彼女の可愛らしさを引き立たせた。


 彼女が普段見せない様子を見せられるとドキッとしてしまう。彼女が跳ねると漏れなく俺の心臓も跳ねてしまう。




「若い方々なら若々しさを強調した銀製の指輪はいかがでしょう」


 そう言って店主は、極めて質素な形の輝きに満ちた銀製の指輪を店から取り出して俺たちに差し出してきた。


「銀は時を経ると黒ずんでしまいますが、この指輪内部には精巧な魔法陣が刻まれており、指にはめている限りはいつまでも輝きを保ち続けます」


 どうやら指輪をはめた者のごく僅かな魔力を使って、指輪の輝きを維持する機能があるようだ。

 機能はそれでけではなく、指の太さに合わせて形を変形させてぴったりとはめられる力もあるらしい。

 こんな小さな輪っかになぜ金貨が何枚も必要なのかと思ったが、魔法陣の細工がされているのなら納得だ。


「ヒューゴ君、どうする?」

「リリベルが気に入ったのならこれが良いかもしれんな」

「ええ、どうしようかな」


 猫撫で声のような甘ったるい声色に思わずたじろいだ。これが魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持つ魔女なのかと疑ってしまう。




 結局、俺とリリベルは銀製の指輪を買うことになった。


 指輪の内側に刻まれた名は今度こそ、俺とリリベルの名が刻まれることになった。




 部屋に戻ってからのリリベルは、何度も鼻を鳴らしながら自分の指にはまってある指輪を見続けていた。

 食事の時間も入浴の時間もずっと指輪を見て喜んでいた。


 兎にも角にも彼女の機嫌が直って良かった。




 指輪を見続ける彼女を真似して、俺も自分の指を見続けてその日の残りを過ごした。


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