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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第17章 用法・用量を守って正しく泣いてください
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愛すべき閑話2

 今日のリリベルの体調は良さそうだった。

 窓の横に立ち太陽の光をその身いっぱいに浴びながら、大きく伸びをしている。

 はにかむ表情が調子の良さを表しているようで何よりだが、服は着て欲しかった。


「着る服がないのだから仕方ないよ」

「買ってきただろう……」


 彼女はわざと裸になって俺を試しているのだ。誘惑して俺に彼女を襲わせようとしている。

 当然、そんな手に乗る程俺は愚かではない。


 勿論、彼女を愛しているからこそ俺の目に写る彼女は魅力の塊となっている。興奮していない訳ではない。

 だが、自制ぐらいはできているつもりだ。


 元々着ていた衣服は失われてしまった。

 祝祭に参加するために祝祭用の衣装に着替えていたが、いつまでもあんなに動き辛く目立つ衣装を着てはいられなかった。

 そのため、新たな衣服を買ったのだが、どうやら俺が1人で衣服を買いに行ったことが彼女は許せなかったようだ。


 服を着ずにいるのは、その恨みを形に表したものなのだろう。


「私も衣料店に行きたかったのに」


 思い違いでなければ彼女の文句の意味は、一緒に衣料店に行き衣服を選びたかったという意味だろう。単に彼女の趣味に合う服ではなかったという話ではないはずだ。


 そういったところがいじらしく愛らしい。男心をくすぐりすぎる。




 それでも彼女に衣服を着てもらいたくて、強行して買っておいた衣服を彼女に突っ込む。服に着られるリリベルは常に俺を睨んでいた。

 裸のまま過ごされて困ることは色々とあるが、特に困るのは彼女の健康についてだ。


「服は着てくれ。風邪でもひいてしまったらと思うと……」

「思うと?」

「いや、その……」


 リリベルはにやりと怪しい笑みを浮かべて、衣服を着ながら俺への攻撃を開始し始めた。


「何だい? 教えてごらんよ?」

「子、子ども……」

「んんー?」


 どんどんリリベルとの距離が近付いてきて、俺の言い辛いことを口に出させようと圧力をかけてきた。俺が気恥ずかしくて言えないことがあると知って彼女は意地悪をする。




 俺だけが息苦しい状況の中で、手を差し伸べてくれたのは1人の来訪者であった。




「カネリだけれど、ヒューゴはいるか?」

「た、助かった……」

「いないよ!」


 リリベルがカネリを遠ざけようと叫んだので、慌てて彼女の着替えを終わらせて髪を整えさせてから、扉を開けた。


「……もしかして邪魔した?」

「うん、邪魔だね」

「いいや! 邪魔ではない!」


 リリベルの視線が背中に突き刺さり続けて居心地が悪かったので、何やらの話がありそうなカネリを外に連れ出すことにした。


 恐らく部屋に置いたままのリリベルの機嫌はもっと悪くなるだろうから、後で何か買って行かないと。



 ◆◆◆



 街の雰囲気は随分と悪かった。


 避難を余儀なくされた首都やその近辺に住んでいた者たちが、浮浪者となって道のそこかしこに溢れている。

 だが、その道沿いで商いを営む店にとっては、邪魔以外の何者でもない。


 だから浮浪者と其れ等をどかそうとする店の者とで争いが起きていた。あちらこちらでだ。




 その争いごとを視界の端に捉えながら俺とカネリは道を歩いていた。


「それで、要件は何なのだ?」

「ヴィルリイのことについては申し訳なかった」


 カネリの酷い癖っ毛の赤毛が行き交う人を避けるたびになびいて目立つ。行き交う人々で赤毛の者は彼ぐらいだ。


 彼は部下のヴィリーを紫衣の魔女殺しのために使わせたが、月の魔力に当てられて暴走を起こしてしまった。

 それは彼にライカンの血が入っていたことが理由だ。


「仕方ない。まさか月の魔力で暴走するなんて俺も思わなかった」

「満月でなければライカンに変わらないのだが、まさかあんな巨大な満月が生まれるなんて思わなかったさ」


 ヴィリーがライカンに変わる条件が思ったよりも狭くて、自分の加護の無さに驚かされる。


「首都の惨状を収める方法はあるのかい?」

「いいや、仲間の魔女たちに聞いてみたが、有効な解決策は出ていない。何せ地獄をこの世界に顕現させた例がこれまでになかったからな」


 リリベルもオルラヤもラルルカも、地獄を元に戻す方法は知らなかった。

 地獄との行き来を可能にする門があるノイ・ツ・タットに身を置いていたクレオツァラにも聞いてはみたが、期待する返答は返ってこなかった。




 現状は手詰まりなのだ。




 唯一、その手掛かりがありそうだったのが、地獄の王であり魔女でもあった銀衣(ぎんえ)の魔女デフテロ・エピローゴスだ。

 だが、彼女は死んだ。

 俺が殺した。


 他の地獄の王を探し出して聞けば何らかの情報は得られるだろうが、今の俺は彼等にとって今すぐ魂ごと殺したい人物になっている。この世に干渉してはならないという彼等の絶対的な規則の、例外となったのが俺なのだ。

 のこのこと地獄へ出向いてもあっさり殺されるのがオチだ。


 そこまでをカネリに話したところで、彼が俺に会いに来た理由が何となく察せられた。


「ああ、助けてくれてありがとう。そろそろお前の国に戻らないとまずいのだろう?」

「そうなんだよな。ひとまずは我が国の滅亡の危機は去ったし。今起きているのは、魔力を求める国々の争いってだけだしさ」


 オーフラに生きるカネリの利になる話はもうない。さっさと撤収するのが普通だろう。


 黒衣(こくえ)の魔女の魔法がまだ生きていることを考えれば、世界の危機はまだ途切れていない。

 だが、少なくとも今すぐの終わりは訪れない。緩やかな死であれば誰も危機感を抱かない。


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