第2章 第7節
しかし、いくらそれらしい説明をしたところで、カルメが俺とリリベルの話を信じる訳がなかった。
鏡の中ではリリベルが自慢気にカルメの作品の解説をしていた。
国を奪われた王子の復讐劇を面白おかしくした奇妙な喜劇や、たった1つの卵を巡って村が滅びる狂った喜劇など、言葉だけでいえば惹かれるものばかりだった。
リリベルの説明が上手くて耳に残りやすいということもあるが、カイン・シュタルメイとしての劇自体が面白いこともある。
そう。
愛という話が挟まれなければ、リリベルはカルメの作品をしっかりと理解できているのだ。
しかも否定の言葉はほとんどなく、あのリリベルに「興味深い」と言わしめる程だ。
一体どうして2人は、奇跡的にすれ違ってしまったのか。
鏡に映された内容が嘘ではないとカルメは理解しつつも、それでも俺とリリベルを拒絶した。
悲劇を馬鹿にされたから、あっと驚くような悲劇を生み出してやろうと暴走し続けている。
ヴェッカと同じく、もう最初から分かり合うことはできない境地にまで辿り着いてしまっている。
今この場で奴が望む言葉は、奴が作り出した脚本に対する侮辱と否定の言葉だけだった。
俺とリリベルの批判の言葉だけを聞き取り、反論を行うことだけに集中していた。自分が創り上げた作品に何も間違いはないということだけを証明してみせようとしているのだ。
世界を舞台にした演劇の流れで、ラルルカが鏡の中の世界にリリベルを誘い、永久に閉じ込めようとした話に切り替わった。
ヴェッカの言う通り、カルメが鏡の世界を作り出した張本人であることを、本人が語ってくれた。
カルメはラルルカに唆して、俺とリリベルという物語に不要な存在を消し去らせたかったようだ。
「鏡の中の世界は、本来ここにあるべき世界の物語ではないでしょ。その世界で誰かが死ぬってことは、観客の誰にも知られることはないってことだよね?」
「この世のものではない世界だから、この世を舞台にしたお前の脚本とは切り離されて考えられるということだったのか。だから、わざわざあんな回りくどいことをラルルカにやらせたのか」
「端役にもならない使えない女だったよ」
『今、アタシは苛々してんのよ。どっかに行ってくれる?』
『つれない。お前が殺したくて仕方ない奴等を殺せる方法を教えに来たってのに』
鏡の中で、ラルルカと水衣の魔女が会話していた。
魔女協会の拠点である大聖堂の中の様子が見えていた。恐らく夜衣の魔女を殺してすぐ後のことだろう。
『鏡の魔法具を知っているか? 上手くいけば鏡の中に邪魔な奴を、未来永劫囚えることができる。いるんだろう? 殺したくても殺せない奴が』
「ラルルカの復讐心を利用したのか」
「願いを叶えてやれる力が私にあったということは、教えて然るべきってことだよね」
「そうだな。鏡の特性の肝心な部分だけは伝えずに、あわよくばラルルカごと鏡の中で消えてもらおうとした魂胆さえ見えなければ、何も文句はなかった」
「物語から外れるべき存在に関わるってことは、当然あの女も物語から外れるべきってことだよね」
「彼女の純粋な復讐心を穢したということは、許せないな」
復讐を達成した後のラルルカの未来を潰そうとしたカルメが許せなかった。彼女の選択肢を奪おうとしたことが許せなかった。
そして、彼女の復讐心に毛程も同情することなく、物語にもならない駒の一部としか考えていないことも許せなかった。




