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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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初めての口づけ

「リリベル!」


 誰かの声が聞こえる。

 今まで何度も何度も聞いたことのある声、ヒューゴ君の声だ。

 けれども目の前は真っ暗で何も見えない。


「なぜ目覚めない……」


 誰かに顔を触られている感覚がある。

 そんなに強く顔を触られると痛いけれど、抗議の声を上げることはできない。


「魔法や呪いで眠ったお姫様を起こすのはあ、王子様のキスって昔から言われてるわよお?」


 今度はローズセルトの声がする。

 相変わらず間伸びしたような声が特徴的な女だよ。


「そんなことで起きる訳がないだろ」

「するのはタダよお。嫌だったら私が代わりに――」


 息ができない。

 苦しい。


「あらあ、良いわねえ。そういうのも好きよお」


 身体を精一杯動かしたいけれど、自由が効かない。




 でもこのまま窒息して死んだら、また生き返って目を開けられるかな。

 そう思ってこの息苦しさに身を任せることにした。




 突然、手足の感覚が甦り、音や匂いや味がはっきりと伝わるようになった。


 目が動かせるし、明るさを感じる。


 私は閉じていた目蓋をゆっくりと開き、久しぶりのような気がする目蓋の外の世界を目にする。




 私の目の前の景色にはヒューゴ君しかいない。ヒューゴ君の顔が眼前いっぱいに広がっている。

 文字通り目と鼻の先に彼はいる。


 一体何が起きているのかを理解するのに、しばらくの時間を必要とした。


 息苦しさの原因は彼の口で私の口が塞がれているからだ。

 私の両手は彼の胸の中に収まって動きづらい。

 彼の胸に後頭部を乗せて寄りかかったりした時と同じ香りがする。




 キスされている。

 これは抱きしめられてキスをされていますかね。

 長い。




「んー!」


 私は唸って彼になぜキスをしているのか問いただす。

 彼はすぐに口を離して、私のことを驚いた顔で見つめる。驚きたいのはこちらの方だと言うのに。


「本当に起きた」

「君は一体何をしているのかね、ヒューゴ君」

「良かった……」

「質問に答えたまえ、ヒューゴ君」


 私は左手で彼の頬を突っつく。




 右手は。


 右手は、なぜか痛い胸を押さえるのに忙しい。

 いや、起きたからこそ痛みを感じるようになったのだろう。


『ふふん』


 痛みを感じない魔法を自身にかけても尚、胸が痛い。

 身体を流れる血の音は大きく聞こえるし、顔が火傷したように熱い。

 きっと私は誰かに炎の魔法をかけられて死にかけたのだろう。手に火傷は見られないけれど、きっと顔はひどい有り様に違いない。

 胸の痛みが止まらないのは、きっと私の魔法では痛みが止められない程の、すごい魔法なのだろうね。




「イチャイチャしないで……。起きたのなら早く手伝って……!」


 碧衣の魔女セシルの声が聞こえた。

 私はヒューゴ君に身体を起こされ、セシルとローズセルトが敵と対峙していた。


 あ、思い出した。

 泥衣の魔女、ヴロミコ・エレスィと魔人、微睡む者(ドーズマン)の2人を狩るのが、今の私のやるべきことだ。

 私たちは泥衣の魔女を狩りに沼地へやって来たが、微睡む者(ドーズマン)の攻撃により私は夢の中へ引きずり込まれた。


「長い夢でも見ていたようだよ」

「実際夢を見ていたんだがな」


 茶々を挟まんでいいと彼の脇腹を小突く。


「あー。あーあーあー」


 ヴロミコの陰に隠れた微睡む者(ドーズマン)は、恨めしそうに私を見つめている。

 彼の悪意に努めて笑顔で返してあげると、彼の逆鱗に触れてしまったようだ。


「むっっっっかつく!! 大したことない女の癖に! うざい! うざいうざいうざいうざい!!」

「君のおかげで良い夢が見れたよ」

「はあ? そのまま夢の中で死んでくれよ! 頼むよ! 俺の、私の、僕の眠りを妨げてさあ!? 何様のつもりだよ! 」

「これは、ほんのお礼だ」

「誰も守れなかった雑魚の癖に何を偉そうにしているんだよ! 無力だから、お前の大事な奴が死んだっていうのが、理解できていないのか!? 能無しめ! 散々泣き喚いて気持ち悪く悲劇の主人公を気取っちゃってさ――」


瞬雷(しゅんらい)


「え?」


 呆けた声を出したのは私だ。

 私が詠唱しようとした言葉が、別の者によって詠唱されてしまった。

 私のすぐ横で、ヒューゴ君がふいに喋った言葉は、私がよく使う詠唱だ。


 彼の放つ『瞬雷(しゅんらい)』は、私のものと比べて明らかに頼りない光の筋だけれど、それでも心臓を突き抜ける爆音と微睡む者(ドーズマン)を正確に狙う精度は十分にあった。


 雷魔法はまだ彼に教えていないのに。


「すまん、リリベルのことを悪く言うアイツが許せなかった」


 一瞬の静寂と、セシルもローズセルトもヴロミコさえもヒューゴ君へ驚異の視線を向かわせている。


「あ、ありがとう? いや、なぜ私の魔法を使えるのかい?」


 微睡む者(ドーズマン)らしき物体は火が付き燃えているが、ほとんど消し炭になっている。


「リリベルをイメージしていたら、なぜか魔法が出た」


 そんな馬鹿な。

 雷魔法の魔法陣もまともに知らないのに、魔法が放てる訳がない。

 私の魔法陣とは違う独自の魔法陣を作り出したというのなら、彼はとってもすごいことをやってのけていることになる。


 ちょっと後で詳しく話を聞きたい。




「後はお前だけ……」


 セシルが雷魔法の爆音に当てられた影響で耳を気にしながら、ヴロミコを追い詰める。

 ヴロミコの方は、焦げた自分の左半身を一瞥した後、私たちの方へ目を向ける。


「さすが『歪んだ円卓の魔女』たちかな。下僕も強いかな」


 ヴロミコは焼けていない右腕を天に掲げて、ケタケタと笑い始めた。

 彼女自身も彼女の魔法も私は初めて見る。


 魔法を放たれる前に仕留めたいところだ。


『さあ泥塗れになろうかな!』


瞬雷(しゅんらい)!!』


 私の詠唱と共に一瞬で雷は彼女に落ちるが、彼女を覆う泥が直撃を阻んだ。


 その泥は巨大で、首を上へ向けないと頂点まで確認することができない。

 泥は形を変えて4本の腕と頭を生やし、ヴロミコを守っている。

 あのセシルがすぐに相手を殺せなかったのは、きっとこれが原因だろう。


 これは倒すのに骨が折れそうだね。


「さあ泥遊びをしようかな!」


 巨大な4本の腕が私たちへ降り注ぐ。


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