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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第16章 舌戦
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第2章 第2節

 俺の挑発にヴェッカは簡単に乗ってくれた。


 彼の唯一の畏敬の対象である彼の神に言及したからだ。

 貶すつもりは無かった。ただ俺たちは皆同じ穴の(むじな)だと言いたかっただけなのだが、地獄の王は貶したと思っただろう。


 彼にとって認められない言葉は、不自然な形で突き返される。


「まさか神を侮辱しているのか?」

「いいや、侮辱する気などこれっぽっちも無い。そして、これはとある魔女から聞いた話だが、お前の所の神は1人の魔女の手によって、力を奪われたらしいな」




 鏡に黒衣(こくえ)の魔女と異形の者が映し出された。

 喪服でも着ているかのように全身黒の衣装に身を包んでいるから、黒衣の魔女はすぐに分かった。


 問題は異形の者だ。


 広い範囲では人型だ。

 だが、人間でもゴブリンでもエルフでも半獣人(ハーフビースト)でも無かった。どの種族にも一致しない特徴を備えている。


 顔は見えるだけで2つある。

 顔より上は霧がかったように白いもやに覆われていて姿が上手く掴めなかった。


 数多くある腕は身体の左側に集中していて、それぞれの手には器や枝、小さく丸い玉や光る輪など、訳の分からない物が握られている。

 反対に身体の右側には、左側に集中している腕たちとは違う太さの腕が2本生えていて、刃先が折れている槍と何らかの生き物の首をそれぞれに持っている。


 衣装は着ているが、ほとんど裸に近い。簡素な布で身体を巻いているぐらいだ。


 下半身は蛇の尻尾のようなものが無数にうねりをあげているが、その中からたまにオークのような太い足を覗かせている。ただ、俺が知っている足とは程遠い。

 1つの膝から3本くらいの足先が生えている。足の指が以上に多くて、履くのに丁度良い靴を探すことが困難になるだろうと思えた。


 その異質で信じ難い身体構造の存在は、俺の想像する神とは大きくかけ離れていた姿をしているが、まだマルムよりも神らしいと感じることができた。




 ヴェッカは鏡の中に神が映し出されたことに不満があるようで、すぐに「鏡をそれ以上見るな」と言ってきた。

 当然、俺はわざと鏡の中の様子をマジマジと見てやった。




「神は過ちを犯さぬ」




 人型の鏡にピシッという音が鳴り、目に見えて目立つひびが入ったことが分かった。




「神は完全なのだ」




 ひびの数は増えていくばかりだ。




 鏡の中の黒衣の魔女が神に向かって黒いもやを解き放つと、神は全く抵抗すること無く、命の無い置き物のように体勢を変えないまま横にごとんと倒れた。


『お前を解き放ち、この世界を終わらせてやる』


 黒衣の魔女の言葉と共に、黒いもやが神の全体を呑み込む。




 同時に、ヴェッカの嘘が確定した。


「この世界に神の力をばら撒くきっかけになったこの過去の様子は、神の過ちでは無いのか?」

「過ちでは無い。これはただの過程だ」

「それもそうだな。過ちだと認めてしまえば、過ちを犯した神から力を分け与えられたヴェッカも過ちを犯す可能性があるってことになるからな」


 だが、過去の過ちを過ちと判断したのは、紛れも無くお前が作った鏡だ。

 己が罪の自己正当性を主張する哀れ者を、鏡は正しく判断したのだ。

 この鏡が神贔屓(びいき)の鏡でなくて良かった。


「神が完全なら、地獄の王なんて存在を生む必要は無かっただろう?」




 鏡に再び天秤が映し出された。ヴェッカの真の姿である天秤だ。




「それも違う。神の力を分け与えられた我々の意志は、神同然なのだ」




 人型の鏡にもうひびが入りそうな場所は無かった。少しでも息を吹きかけてやれば割れてしまいそうな状態であった。


 そして俺は、言葉で息を吹く。

 地獄の王という支配者の存在が、神の不完全さを表していると。


「ヴェッカ。お前の存在自体が、嘘だ」

「言っただろう。我々は神の――」


 彼が言い終わる前に、椅子に座っていた鏡は激しい音と共に、砕け割れて最後には粉微塵になった。

 思ったよりも地獄の王は脆かった。

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