第1章 第3節
会話を行ってみたことで、もしやと思うことがあった。
互いが嘘を付いていない前提で、互いが互いに正しいと思う主張を続けていたら、いつまでも話は平行線で物事が進まないのでは無いかということだ。
まあ、薄々そう感じていたことではあった。
ヴェッカの言うことに少しでも同調できれば良いと思いながら喋っていたが、どう考えても理解などできるはずも無かった。
俺はそもそも、支配者側の思想を持った奴が嫌いなのだ。
人を使う者、操る者、あるいは力を持つ者それら全てを嫌いと言っている訳では無い。人を使う者にも、良い者と悪い者がいる。
使われる者たちを心身共に虐げて征服し、無理矢理従わせる。自由を与えない。挙句の果てには、支配者の理想から外れた者の命を奪う。
そういった奴らが俺は嫌いなのだ。
理不尽な支配者に対して無尽蔵の敵意を浴びせるようになったのは、人生の半分以上を奴隷として生きてきたことに由来する。
奴隷文化を否定するつもりは無い。
使役する者とされる者はどこにでもいて、その中の一角に奴隷という存在があるだけだ。
ある国では奴隷を単なる捨て駒とは考えず、多くの奴隷を従えることを一種のステータスと考える文化もある。
そのために身なりを綺麗に見繕って、十分な食事と睡眠を与えることで、奴隷たちの信頼を得る。
紫衣の魔女がいなくとも、多かれ少なかれどこかで争いは起きている。
家族を失い、家を失い、生きるための術を失った者にとって、奴隷になるという手段は、この世界でまだ生きていたいという願望を叶えられる、最後の手段でもある。
だから、奴隷そのものを否定するつもりは無い。
ただ、その最後の手段を悪用する者が許せない。
最後の手段に縋るしか無かった者たちを、死んでもよいという前提ですり潰して使う奴が憎くて仕方が無い。
命ある者を命ある者として扱わない彼等が気に食わない。
ヴェッカは彼等とは同じでは無いと考えたかった。
定められた規範のために、死者の魂を罰することは構わない。当然、純粋悪で罪を犯した者もいるし、罰せられて然るべきだと思う。
問題は、のっぴきならない事情で、地獄の王が裁定する罪というものを犯した者もいるということだ。この世界に生きる者たちにも、生まれてから死ぬまでの積み重ねてきた経緯というものがある。
その経緯を見て考えずに規範に従って、悪意の重さの0も1も10も皆同じに罰する。その癖、世界が破壊された今この時には、定められた規範を無視して一方的に断罪を行おうとしている。
自らが定めた規範を破っても良い理由が、神という特別な存在から特別な力を与えられているからという馬鹿げた理由だった。
地獄の王たちが見定めなければならないことが、この世界の物差しで測ることはできないと分かっていても、その理不尽さと身勝手さに腹が立った。
彼等が認めた尺度以外を許さない地獄の支配者に腹が立った。
だから、この言い争いのやり方を変える必要があった。
相容れない存在に対して、どんなに相手を言い負かそうとしたって、本人たちの正しいと思う主張が永遠に続くだけで意味が無い。
そうなれば後はやり方を変えるしかない。
しかし、このような回りくどいやり方を行わせて、一体カルメはどうするつもりだったのか。
仮に俺たちがこのまま平行線を辿ったら、いつこの話題が終わるか分からない。本人が幾ら時間があるからゆっくりやって良いと言ったとしても、時間に限りはあるはずだ。
それこそカルメが、この世界を人形劇の舞台に見立てて演劇を行うことを至上としているなら、今のこの冗長な展開を嫌うはずだろう。
何か意味があるのかもしれない。
このままカルメの嫌がらせを行っても良いが、俺は早く、少しでも早く、リリベルのもとへ帰りたい。嫌がらせに気を使いたい訳では無い。
「ヴェッカ。どうやらお前にはお前本人の意志が無いようだな」
「当たり前だ。俺の意志を介在させては裁定に支障が出るだろう」
「意志が介在しないのであれば、例外なんて起きたりはしないだろう」
「意志が介在しないからこそ、厳格な規範に即した例外を創造し得るのだ」
平行線が続けば続く程、分かり合えない存在だと気付かされる。
そうして気付かされる度に、沸々と怒りが湧いてくる。
相手を言い負かせられないなら、次の攻め手は『嘘』に焦点を合わせるしか無い。




