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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第16章 舌戦
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序章 第4節

 殺害衝動に身を任せて、純粋な悪意でもって生ける者を殺し、異形の生物を作り出したモドレオという子どもがいた。

 多くの者を殺すだけでは飽き足らず、殺しても死なないリリベルに目をつけて、彼女の心も身体も傷付けた彼は確かに邪悪だった。


 その邪悪を上回ったのが夜衣(よるえ)の魔女だった。

 奴は『歪んだ円卓の魔女』という肩書きを得るというただそれだけのために、狂言を起こした。


 踏み鳴らす者(ストンプマン)という巨神を利用して圧倒的な数の犠牲者を作り出した。

 世界を滅ぼしかける程の犠牲を生み出した後に、踏み鳴らす者(ストンプマン)を自らが倒せば、我こそが偉大な魔女であると他者に誇示できると思った奴の、救いようのない自己中心的思考回路も、また邪悪だった。




 きっと生きている内に、これ以上の邪悪な存在に出会うことは無いだろうと思っていた。




 だが、その考えは甘かったようだ。

 今、俺の人生で最も邪悪な存在が改められた。


 カルメ・イシュタインという魔女は、夜衣の魔女とも違う邪悪さを持ち合わせていた。

 夜衣の魔女の行動原理は言うなれば見栄のためだ。


 魔女に限らず、多人数で協力し合って生きていくような種族であれば、己の野心を剥き出しにして、出世のためにアレコレと策を練る者は絶対にいるだろう。

 今にして思えば夜衣の魔女の行動は、俺でも辛うじて理解できる範疇の考え方だった。


 しかしこの魔女は、殺害衝動によって他者を傷付けたい訳でも無く、壮大な自作自演のために他者を犠牲にしたい訳でも無く、頭の中で想像した人形劇をこの世界に置き換えて演じさせて眺めていたいだけなのだ。

 彼女にとってこの世界の者はただの人形で、命があって思考があって生きているという考えは無い。そうだと思わなければ、こんなに簡単に人の命を奪ったりはできない。


 前者の2人と比べても、明らかに生物を生物として見ていない。

 だから、邪悪すぎると思った。




「最後の君の舞台になる予定なのだから、もっと君が本気になるようにさせてあげよう。鏡を見て」


 また、カルメが俺に対して鏡を指差し見せようとした。

 必死に俺は言葉で抵抗した。何が彼女の気に障ったのか分からなくて、とにかく「やめてくれ」と懇願するしか無かった。


 特に、鏡に映った人物が金色の髪と瞳を持った良く知る彼女であると知ってからは、更に強く懇願した。


 鏡の中にはリリベルが映っていた。

 彼女は半壊した家屋の中にポツンと残ったソファに座っていた。

 彼女の膝の上には、膝を枕代わりに目を閉じたままの俺が横になっている。彼女は俺の髪をいじって遊んでいた。無防備だった。

 鏡は、彼女と寝ている俺を上から映し出していた。


 この空間に本人がいるのだから、果たして鏡の中に写っている俺は誰なのかという大きな疑問があったが、今の状況ではそのようなことはどうでも良かった。


「先の2人と違って、このクソガキは殺しても死なないでしょう? 減る物が無いってことは、1回ぐらい殺しても良いってことだよね?」

「鏡に手を入れるな!!」


 横目で慎重に鏡の中に手を入れたカルメは、時に「おおー」とか「ああ」とかわざと唸りを上げて、俺が焦燥させようとしていた。彼女の目論見通り俺が焦燥するのを見て、より手を深く鏡に突っ込んでいく。


 鏡の中で鼻唄を鳴らす彼女に向かって、その名を呼び掛けるが、反応は無かった。




「へえ。クソガキの癖に一丁前に……面白いじゃない。これは良い展開になりそう! 最高の悲劇になる!!」


 必死に椅子に張り付いたままで動かない身体を無理矢理動かそうとするが、ぴくりとも動かなかった。筋力強化もしていないちっぽけな1人の人間の力では、強靭な魔力の糸を断ち切ることはできなかった。


「この女に宿った新たな生命(いのち)をその目で見たい?」


 その言葉はさすがに一瞬で理解できた。


 そういえば、リリベルが最後に死んだ日はいつだっただろう。


 瞬きをするよりも短い時間だけ、かつて無い程の喜びの気持ちが表れたが、それから後は同じぐらいの絶望感と憤怒がやってくる。

 知る限りの罵詈雑言を全て浴びせるが、それが無意味なことは分かっていた。ただ、何か言っていないと気が狂うかもしれないと思って言っただけだ。




「君が父親っていうことは、子どもの顔は絶対に見たいってことだ――」

静雷(じょうらい)


 一筋の光が鏡の中から飛び出して、カルメの頭を貫通した。

 彼女は一気に暗闇の中に吹き飛んで行くが、入れ違うように暗闇からカルメが現れて来た。吹き飛ばされたカルメと、今現れて来たカルメが別人かのような入れ違い方だったが、顔の左側を手で押さえて痛みに耐えるかのような仕草からして、本人であることに間違いは無さそうだった。


『しーっ。静かに』


 鏡に映ったリリベルは、鏡の向こうの俺たちに目が合う形で顔を上げて、人差し指を口に当てて誰かに注意した。

 その様子に1番驚いているのはカルメだった。


「え……何。見えているの? いや、そもそも何で……こっちにまであのクソガキの魔法が届いているの?」


「……ふ……ふふふ……あのクソガキ」


 肩を揺らして笑いながら逆上するカルメに対して、余計腹が立ったが、一先ずはリリベルが無事で安堵した。


「もう良い。いまいち盛り上がりに欠けるけれど、これ以上物語が止まっていると、観客も興が醒めてしまうし、始めて」


 顔に手を当てたままの彼女はゆっくりと暗闇の中へ後退しながら、そう告げた。


舌戦(ぜっせん)


 そして最後に暗闇の中に身体全体が包まれる前に、詠唱と思わしき言葉を口にして、それから完全に闇に溶け込んだ。


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