戦争を望む者10
走っている間に、もしかしてと思った。
紫衣の魔女の魔法の狙いが定まらなくなっている気がした。
勿論、リリベルが服を引っ張って俺を誘導していることもあるが、紫衣の魔女の魔法が放たれてから、土煙が一斉に別の物質に変換されていくのを見ると、その場所は俺たちがいた場所から少しズレていたのだ。
正確無比な魔法の精度は、紫衣の魔女の凄さを表す指標になるはずだが、今はそれが感じられない。
もしかして、彼女の力が、魔力感知が弱まっているのではないか。
彼女たちの魔法の応酬で土煙が晴れそうになるかと思いきや、紫衣の魔女に縦に割られた塔が今も崩れ続けているため、新たな土煙で視界は不良のままだ。
リリベルに教えてもらった紫衣の魔女への距離と方向で、彼女のおおよその位置は特定できている。
いくら紫衣の魔女が弱っているとは言え、此方が優勢とまでは言い切ることができない。このまま2人が消耗戦を行えば、リリベルが負けてしまいそうだ。
「リリベルよ。お前は、お前の騎士を、愛しているのか?」
「勿論だよ!」
戦いの最中に儀式が始まった。
魔女流の儀式だと言うから何が始まるのかと思っていたが、どうやらそれは俺でも知っている儀式だった。
だから、この儀式が次に何が行われるのかを知っていた俺は、賭けてみることにした。
リリベルに対して、小声で伝える。
「リリベル、俺が紫衣の魔女の隙を作る。合図をしたら止めを差してくれ」
「分かったけれど、私を抱き抱えてどうするつも――」
走りながら、背中に乗っていたリリベルを胸に持ってきて、彼女を抱え直す。
そして、彼女をがっちりと掴み、思い切り身体の内側に寄せる。
それから彼女を投げた。
身体のバネ全てを使って、リリベルを空に向かって投げた。彼女が教えてくれた紫衣の魔女がいる方向へ向かってだ。
そして、全神経をリリベルを想像することだけに集中する。
そして、紫衣の魔女の『氷点』という魔法が詠唱されても、唯一具現化できる者を呼び出す。
金色の髪と金色の瞳を持つ少女が現れると、彼女は即座に魔法を詠唱してくれた。
『瞬雷』
リリベルの魔力で具現化した偽のりリベルが、リリベルの魔力で魔法を放つ。
魔力感知で俺とリリベルの位置を把握している紫衣の魔女は、当然偽のリリベルに対して反撃を行う。
俺の横を彼女の魔法が突き抜けていくのが、土煙の流れで分かった。
「リリベルの騎士よ。お前は、リリベルを、愛しているのか?」
そして、リリベルが教えてくれた距離の分だけ、跳躍した。
2度跳躍して、足の筋が弾けようかという寸前で、最後の跳躍を行う。
煙が舞う中で、紫衣の魔女が作り出した光る魔法陣のお陰で、鈍く浮き上がる影が見えて、ようやく存在を捉えることができた。
今この時点で俺は鎧も剣も具現化せずにいた。
だから、俺自身の毛程も役に立たない魔力に、漸く影が気付いた時には、既に俺は影の目と鼻の先に到達していた。
俺の主の魔力感知は、やはり正確で安心した。
紫色のマントが見えて、飛び掛かった勢いのままに、手を伸ばして片方はマントを掴み、片方は黒剣の具現化を試みる。
紫衣の魔女が使っている魔法でまともな具現化ができないのは分かり切っていた。無駄な行動だというのは誰がどう見ても明白だろう。
だが、紫衣の魔女は違う。
戦いに興じる彼女は、どのような状況でも油断をしない。俺のような弱い男が、中途半端な攻撃を仕掛けても、全力で対応してくれるのだ。
マントを掴まれた紫衣の魔女は、回避の手段を取らず、俺に反撃を試みる。
きっと俺に対してだけでなく、リリベルからの奇襲にも備えて、全範囲に影響を与えるような強大な魔法を詠唱するだろう。
だが、既に決着はついていた。賭けは成功した。
「愛している!!!」
『反――』
『瞬雷』
俺の合図と共に、即座にリリベルが反応してくれた。
先に投げたリリベルが空から雷を放った。雷と呼ぶには頼りない光の筋だったが、それでも正しく紫衣の魔女を貫いた。
一瞬だけ揺らぐ魔女を見て、魔女を渾身の力で蹴る。
なけなしの力で放った蹴りは、魔女に傷を与えることなんかまるでできていなかっただろうが、雷の衝撃で身体の平衡を失った彼女を倒すには十分だっ。
そして、後ろを振り向き両腕を目一杯広げて、丁度飛来してきたリリベルをギリギリで迎え入れる。
迎え入れても全身で受け止めずに、その勢いを殺さないように、身体を捻って彼女を紫衣の魔女に相対させた。
『剣雷』
この状況でも唯一、ほぼ完全な状態で繰り出せるリリベルの雷の剣が、倒れかけようとしていた紫衣の魔女を袈裟斬りにした。




