戦争を望む者5
国民がもっと遠くへ避難してくれたことを祈るばかりだ。今はそれしかできない。
「彼女の『四元素』という魔法は、この世界に構成されている全ての物質をごちゃ混ぜにする効力を持つ。当たれば全ての者や物は別の物質に変換されてしまうという訳だね」
「私とヒューゴ君の手足が失われているのはそれが原因だね、次は斜め後ろ左」
紫衣の魔女が放った魔法の詳細を聞きながら、彼女の指示の通りに跳ね跳ぶと、先程までいた場所の地面が無に帰す。
肉体強化された状態でなければ回避が間に合わなかったぐらいの範囲が破壊されている。
「そして『氷点』という魔法は、対象となった空間の状態を、基点の状態に固定する力を持つ。まあ平たく言うと、魔力を魔法として出力することが難しくなったり、傷を負えば治らなくなったりするよ。死ぬという状態になってしまったら、私たちの呪いは上手く機能しなくなるかもしれないね」
「魔女の呪いの効力が、1人の魔女に阻害されることなんてあるのか? 魔女の呪いの力は外のどの力からも阻害されることは無いと教えられたはずだが」
「ふふん、例外はあるよ」
そんなに自慢気に話すことか。
つまり、紫衣の魔女の攻撃が届く範囲では、俺は具現化を成功させることが難しくなった上に、死ぬこともできなくなったということだ。
そう考えると一気に身体に緊張感が高まった。
この場で魔法をまともに使える者は、魔力の扱いに長けているリリベルと紫衣の魔女ぐらいだろう。
だが、リリベルが雷の剣を持っていることを考えると、恐らく魔力を放出して遠くに雷を放つような魔法は上手く形にできないのだと予想できた。直接手から魔力を放出して雷の剣という形として出力できる『剣雷』が、今の彼女の精一杯の魔法なのかもしれない。
魔力の扱いに長けた彼女は、凄まじい知覚能力を発揮して、紫衣の魔女の魔法がどの地点に到達するかを予測して、避ける場所を伝えてくれている。
きっと、相応の気を張っているのだと思う。
だから、彼女の頭痛を労ってみた。労ったところでこの状況が好転することは無いが、それでも気にかけずにはいられなかった。
「少しだけマシになったよ」
その声色から、強がりで言っているのでは無く、本当に少しだけ楽になっていることが窺えた。
それなら、紫衣の魔女の攻撃からの回避に集中しても大丈夫だろう。
本来なら、右腕1本無くなるだけで身体の均衡を保つことが難しくなるが、これまでの経験から右腕を失った時の身体の使い方に対応することはすぐにできた。自慢できることではないが、死を重ねたおかげだ。
「避けてばかりでは紫衣の魔女を倒すことはできない」
「それなら近付こう」
「攻撃は?」
「ふふん、私に任せてみなさい」
ただの人間ではできない、馬鹿みたいに勢いについた跳躍や走りで、彼女を振り落としてしまわないように、左手はしっかりと彼女の身体を掴んでいた。
それに呼応するかのように、首に回していた彼女の片手も力強く俺を捕まえている。
彼女の指示で紫衣の魔女の攻撃を避け、俺の意志で近付いた。不思議と、城内で戦っていた時よりも、紫衣の魔女への距離を詰めることができた。リリベルの雷の剣が紫衣の魔女に届く距離だ。
戦いが楽しいと思った。
ただし、先程までに感じていた楽しさとはまた違った楽しさだ。1歩間違えば俺もリリベルも死よりも酷い結末になる可能性があるというのに、なぜか胸躍るような感覚に飲まれているのだ。
「共に、戦えることが、そんなに、嬉しいか?」
紫衣の魔女に再接近できた時に、彼女がそう言い放った。
どちらに向けて言った言葉なのか分からなかったので、答えずに移動に集中し続けた。
「両方とも、随分と、満ち足りたように、笑っているぞ」
「それはそうだよ」
リリベルが雷を振るので、彼女が攻撃を行いやすいように、彼女の振る方向に合わせて身体を傾ける。当たったか当たらないかに関わらず、一旦距離を離して、リリベルの指示を聴きながら、紫衣の魔女へ再び接近する。
「私1人ではリラお婆さんに勝てると思えないけれど、この人と一緒なら勝てるって思えてしまうのだから」
「それは、面白い。どれだけ、束になって、向かってきても、誰1人、私を殺すことが、できなかったというのに、たった2人で、それを成し遂げようと、するのか」
紫衣の魔女が手を思い切り振ると、液体が飛散する。俺が傷を付けた掌から流れていた血だった。
その血は俺の目に付着して、異物が侵入された目が拒否反応を起こして、目蓋を閉じさせようとした。当然、身体の動きは鈍る。
動きが鈍ったということは、紫衣の魔女に攻撃の機会を与えたということになる。
『五芒星』
『瞬雷』
リリベルが放った雷はいつもと違う弱々しい雷だった。
五月蝿いし目は焼けそうになるが、耳が詰まって完全に何も聞こえなくなるような感覚も、目が光に包まれて完全に何も見えなくなる感覚も無かった。
回避ができなくなった俺を見て、苦し紛れに放った魔法である可能性が高い。
彼女にそうさせてしまった俺が不甲斐無い。
だが、瞬間の反応が遅れてしまった俺でも、まだできることはあった。
彼女がすぐ背中にいたおかげで、頭の中では早く彼女のことを思考させてくれと言わんばかりに、あらゆる想像上の絵が産み出された。
魔力の扱いが下手な俺でも、ある人物のことを想像の中に挟めば、瞬間的に現実にできる。
俺はそれをそのまま具現化した。
リリベルだ。
リリベルのことを考えたなら、俺は凄まじい集中力を発揮できるのだ。彼女を具現化したいと思ったら、他の誰にも邪魔されずに具現化できると自信を持って言えるだろう。
魔力を彼女の形に押し固めて、彼女の金色の髪の長さも小さな手も、少しだけ大人びた顔立ちも、踵にあるほくろさえも、全てを完全に再現する。再現できる。
きっと、この具現化だけは、彼女が放つ雷よりも早い。
だから、放出された紫衣の魔女の魔法が俺とリリベルに直撃するより前に、具現化したリリベルを目の前に出現させることができた。
ただ、具現化した偽のリリベルをどうしたのかと言われたら、非常に答えにくいが、防御のための肉壁として利用したのである。




