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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第15章 魔女のための祝祭
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戦争を望む者3

「我こそは国王直属近衛隊長の――」

「我は第2国軍長の――」

「我は第2魔法連隊副隊長の――」


 名乗りのために剣や杖を掲げて止まる姿を見せた奴から順に死んでいった。誰1人として名乗り終えることができる者はいなかった。


 勿論、タダで死なせてやるつもりは無かった。

 想像できる限りで防壁を具現化して、彼等を守ってみたが防壁としての用途を成すことはできなかった。


 紫衣(しえ)の魔女の攻撃は俺が防壁を立てる位置を予測して移動し、確実に狙いを定めるのだ。

 老婆とは思えない速度の移動は、恐らく肉体に関わる何らかの魔法を自らに詠唱したのだと思われる。




 動きを止める必要がある。

 奴の攻撃速度について行くためには、そうするしかない。俺自身の肉体をこれ以上強化しても、身体が反応できない。

 だから、紫衣の魔女の動きを止めるしかない。




 床を思い切り蹴り上げて、リリベルのところまでひとっ飛びで移動する。

 魔法のことを聞くならリリベルが1番だ。


 着地したところで近くにいた兵士たちに血祭りにあげられる。

 俺の存在を知っている者と知っていない者とで反応が変わり、錯綜した情報が暴力に発展する。

 だが、それは無視だ。胸を貫かれようが手足を切り落とされようが、構わずにリリベルに質問をする。


 その姿を近くで見ていたクローディアス王女やラズバム国王は僅かに動揺していたが、それも無視だ。


「紫衣の魔女の動きを止める画期的な魔法は無いか?」

「なるほど、ふむふむ。ヒューゴ君のやりたいことが分かったよ」


 リリベルの理解は相変わらず早すぎる。


 彼女はすぐに「私が詠唱してあげるから、君は君のやりたいことをやると良いさ」と言って、ほぼ純白のドレスを舞わせた。

 彼女の美しさに想像力を持っていかれそうになるが、月のことを思い出して正気に戻る。


「あ、それと月のことなんだが」

「壊れた赤い月だね」

「アレらを全てもとの魔力に戻した場合、銀衣(ぎんえ)の魔女が仕掛けた罠が動き出すようになっている。俺は、それも止めたいのだが、良い方法は無いだろうか?」

「あるけれど、無い」




 引っかかる言い方だったから当然質問を続けて返した。

 もしかして、リリベルなら上手くことを収める手段があるが、今の状態の彼女にはできないということなのだろうか。

 俺が手を貸せば解決するならと教えを乞うが、彼女はそれもまた否定した。


「今の私にはできないんだよ。ちょっと頭痛が酷くてね。上手く魔力を扱うことができないんだ。元気だったら、戻した魔力を私が吸収しなおすことができたかもしれないのだけれどね」


 彼女を襲う頭痛の謎が解けないままでは、問題が解決しそうにない。

 それが回復魔法で解決できないのかと問うが、それも否定される。


「気になる点が幾つもあって、どれが原因なのかは分からないけれど、それを確かめるには時間が必要なんだ」

「本当に、大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないけれど、大丈夫だよ」


 いつになく弱々しいリリベルを見て、彼女にこれ以上頼ることはできないと思った。


 ギリギリまで月の欠片たちを維持し続けたままにして、その全てが地上に降り注ぐまでに、紫衣の魔女を倒す必要がある。

 味方はいるが、ほとんど1人で紫衣の魔女を倒すというご大層なことをやってのけねばならない。




彩雷(さいらい)


 誰かに首を斬り落とされて、生き返りを果たしてから、すぐに紫衣の魔女との戦いの最前線へ戻った。


 床も壁にも柱にも僅かに残っている天井にもジグザグの光が張り巡らされていた。

 それらに触れた者は皆、一様に身体を硬直させて痙攣しながらその場に倒れる。


 周囲の兵士たちの喧騒を掻き消すぐらいの雷の音が響き渡っていて、不思議と心地良かった。




 そして紫衣の魔女の動きは鈍くなっていた。




「そこだ!」


 具現化した大量の槍を、肉体の限界を超えた投擲で肩や腕を破壊しながら、彼女に向かって直進させる。

 さすがに当たると思った。


 だが、彼女の詠唱が槍から逃れた。


反転(マイナス)


 紫衣の魔女を起点に四方八方に風が吹き渡ったかと思うと、彼女に向かって投げたはずの槍全てが何の脈絡も無く、俺に向かって吹き飛んできたのだ。

 細やかな肉片になってしまうが、黒鎧と共に元の身体に戻れば何の問題も無い。


 まだ戦える。


 先程まで詠唱したことのない魔法を初めて詠唱したということは、彼女にとってリリベルの魔法は不利になることを表していると悟った。


 どれだけ不細工な死に方をしようと構わずに槍を具現化した。

 腹に槍が返って来たことで、下半身に力が入らなくなって、糞や尿を撒き散らす結果になったとしても、大腿骨を粉々に砕かれて泣きながらの絶叫を上げようとも、死んで生き返って具現化できる全てを投擲してやった。




 紫衣の魔女が徐々に後退していくのが見えた。


 亡者よりも酷く醜い存在になったとラルルカに自覚させられても、どれだけ嘲笑されようとも、紫衣の魔女が後退しただけ、俺は前進を続けて紫衣の魔女との距離を詰めた。




 リリベルに被害が及ばないようにするためなのか、セシルの復讐のためなのか、ラルルカに発破をかけられたのか、兵士たちを救いたかったからなのかは、今この時点ではもう考えられなくなっていた。


 ただ、楽しかった。




 徐々に後退する速度が速くなっていく紫衣の魔女に合わせて、リリベルの雷と俺自身が追いかける速度も加速していく。


 ゆっくりと1歩ずつ1歩ずつ距離を保ったままの後退が、やがては全速力の走りになっていた。

 馬鹿みたいに王の間の扉を破壊して、馬鹿みたいに広く長い廊下に出る。


 真っ赤に染まった床や壁が色とりどりの雷で上塗りされながら、紫衣の魔女はそれを避けながら、俺はそれを追いながら、ただただ廊下を走って行った。

 兵士たちは恐らく感電したまま身動きを取ることができないのだと思う。


 クローディアス王女がいるなら今すぐリリベルが彼等に何かされることは考えられない。祈りに近いが、紫衣の魔女と戦うなら、他のことは祈るしか無いのだから仕方が無いと思う。


 槍を投げて、剣を投げて、彼女の頭上に物体を落として、彼女の着地しそうな場所に鋭い針を作り、時には彼女が放ってきた物を破壊する。

 紫衣の魔女は俺に、火球を放ち、鉄壁を作って挟み撃ちにして、氷漬けにして、時には俺が作り上げた物を破壊する。


 まるで勝てる気がしないと思ったが、それでも楽しかった。




「戦いは、楽しいだろう?」

「ああ。多分、黒衣の魔女の病にまた感染してしまったと思いますが、楽しいですよ!」

「そうさ。それこそが、戦争だ。お前の望むものと、私の望むもの。相反するものの、衝突が起きてこその、戦争だ」

「楽しいですけれど! それでも戦争は止めるべきだと! 俺は思います!」


 今の彼女との戦いは以前参加した戦争で聞いたことのある音だった。

 あの時は不快としか思えない音だったが、今は違う。

 魔力と魔力がぶつかり合う音は、音楽のようだった。高い音も低い音も奏でることができる魔力と魔力の撃ち合いは、魅力的に思えてしまう。


 もしかしたら紫衣の魔女は、戦いで発生しているあらゆる音は聞き心地の良い音なのかもしれない。戦争を欲する理由の1つなのかもしれない。




「長く生きて、死なずの者と、戦うこともあったが、随分とつまらん、輩たちしか、いなかったことを、覚えている」


 紫衣の魔女が放った閃光が一瞬だけ視界を奪うが、視界を奪われる前の廊下を想像して、彼女がすり抜けられないように、廊下を全て覆う壁を具現化して行き止まりを作る。




 俺は元々4本腕の生き物だったという想像をしてみた。


 自由の利く、もう1対の腕が脇下から生えたら、その腕にも投擲に参加して貰う。


 所詮、浅い想像で出来上がった腕だから、1度の投擲で簡単に身体から引き千切れてしまうが、また想像すれば良い。腕の本数を増やせば良いのだ。




 突進しながら光を抜けて、視界が晴れると、紫衣の魔女の片方の掌に槍が突き刺さっていた。


 初めて彼女に攻撃が当たった。




「だが、お前は、そこいらの不死とは、違う。戦争をする、価値のある、不死だ」

「ありがたいお言葉ですが、全く嬉しくは無いです!」


 彼女がまた飛び跳ねて後退したのに合わせて、俺も一緒に床を蹴って飛び追いかけた。


 そこで紫衣の魔女の後ろに赤い空が良く見えることに気付いた。

 いつの間にか城の外に出ていたようだ。


 そこは俺とリリベルが偽の祝祭をあげた場所で、更にその先の紫衣の魔女が飛び降りて行った場所は、国民が祝祭の様子を眺めるための広場であった。


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