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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第15章 魔女のための祝祭
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戦争を望む者

 ラルルカは余程俺のことが憎いのか、わざと俺を紫衣の魔女のすぐ目の前に送り込んでくれたようだ。

 直接魔法を放って殺しにかからなかっただけでも十分であった。彼女にとって大切な者を殺した俺にできることは、彼女の復讐を甘んじて受け入れることだけだ。

 ただし、死ぬことだけは絶対に回避させてもらうつもりだ。




「お久し振りです」


 紫衣(しえ)の魔女、リラ・ビュロウネ・ヴァイレ。

 紫色のマントを羽織った白髪の老婆。

 国々の戦争に参加して命を奪い合いを至上の喜びとする魔女で、1人だけで国を4つ滅ぼした過去がある。


 リリベルが全力で戦ってもかすり傷を付けられるかどうかと言わしめる程の存在だ。


 幸いにも彼女は黒衣(こくえ)の魔女が振り撒いた病に冒されていて、まともな判断をすることができない。もっとも、彼女の行動原理からして最初からまともでは無いだろうが。


 とにかく、万全の状態では無い彼女に、今ならリリベルも五角に渡り合えるかもしれない。




「お前が、あの小娘の唯一の、弱点だと思って、碧衣(へきえ)の魔女を、差し向けたのだがね。まさか、碧衣の魔女が、呆気なく、負けたとはね」




 顔や手は皺だらけで、話し方も言葉を区切る箇所が多く、ゆっくりで喋る様は老婆としか思えない。

 ただ、その眼光だけは老体とは思えない程、恐ろしく鋭かった。


「セシルを差し向けたのは紫衣の魔女だったのですか」

「是。あの女は、この国で無数の命を奪ったことを、苦しんでいた。戦争の駒としては、使い物にならなかった。故に、お前1人だけを殺せば、この戦争から、去る権利をくれてやったのだが」




 セシルはもとは盲目だった。

 本当は見えるはずの景色を手にしたくて、魔女の呪いを自らにかけて再び視力を得た。その代償として、見たかったものを見続けようとする度に、視界に入る誰かを無差別に殺す目になってしまった。


 セシルが自らの目蓋をわざわざ糸で縫い付けて開かないようにしたのは、彼女が見たかったものが失われてしまったからだ。


 彼女にとってのトラウマを紫衣の魔女はこの国で呼び起こした。

 黒衣の魔女の病の効果も相まって、殺したくないのに殺さないと気が済まない状態になってしまったことで、彼女の心は破壊され続けた。


 セシルが得た苦しみは、想像を絶する程の苦痛だったのだろう。目に見えない傷は深く、立ち直れなくなった彼女は自死の道を選んだ。




 ほとんどの魔女は、行動原理が狂っている。

 紫衣の魔女も、黒衣の魔女も、銀衣(ぎんえ)の魔女も、俺にとっては意味が分からない存在だった。


 セシルも同じだ。


 本当に誰かを殺したくないのなら、弟子の目を使って別の誰かと戦わせたりはしない。

 自身にとって殺したくないと思える者を殺さないだけで、彼女は命を奪いたいと思った物に対しては、平気で命を奪う。


 リリベルの騎士として何人もの魔女と関わってきて俺が学んだことは、リリベルの安全と俺の良心を害さなければ、魔女たちの好きにさせてやれば良いということだ。

 そうでもしないと、俺はどの魔女とも上手くやっていけないと思ったからだ。リリベルに迷惑をかけないために、他の魔女の狂った行動を見ても、そういうものだと己に言い聞かせ続けてきた。




 だから、セシルが死んだのは自業自得で、リラの行いも特に心には引っかからない。




 いや、無理だ。




 色々理由を付けて自身を納得させようと思ったのだが、ただ1つの言葉が全てを否定してしまう。




 セシルは俺の友人であるという言葉が、全ての理由付けを否定するのだ。




 先程からずっと、国王を守る熟練の兵士たちから紫衣の魔女に向けられた攻撃が、俺諸共殺す勢いで行われている。

 何かしらの魔法や斬撃が、ついでのように俺を殺し続けた。

 それら一切を無視して、怒りの感情だけで、紫衣の魔女の前に立ち続ける。




 この怒りは誰に向ければ良いのだろうか。


 ライカンか、目の前の老婆か、黒衣の魔女か。




「セシルは自ら死を選びました。彼女が最期の最後に放った言葉は、『友だち』という言葉でした」


 紫衣の魔女は目を見開き、素直に驚いた。

 セシルの口からそのような言葉が出たということが信じられないといったような様子だった。


 つまり、セシルは紫衣の魔女を友だちとして扱っていなかったのだろう。




 紫衣の魔女はすぐにもとの表情に戻った。

 そして、驚きはしたが心に深く刻まれる程の驚きでは無かったとでも言わんばかりに、俺に対する話に切り替えた。


「仇討ちを、望む目を、しているな」


 セシルへの言及がもう無くなったということが気に食わなかった。紫衣の魔女に対して、更に腹が立ってしまった。


 その感情を読み取った紫衣の魔女が、明らかな殺気を向け始めた。


 もしかしたら、紫衣の魔女の闘争の病にあてられてしまっているのかもしれない。

 戦いを望んでしまっている。




 黒鎧と黒剣を具現化しても、紫衣の魔女は敢えてそれを見逃している。

 万全の状態で戦うことを望んでいるように思えた。


「戦争だ。これこそが、戦争だ」


 紫衣の魔女の望む戦争に挑む。


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