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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第15章 魔女のための祝祭
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集結する者8

 圧倒的な身体能力で近付いて来たライカンに再び噛みつかれてしまう。

 幾ら身体能力を強化していても、身体が頑丈になった訳では無い。


 首元にしっかりと食い付かれて、身体ごと思い切り振り回されると、簡単に肉が千切られて投げ飛ばされてしまう。

 噴水のように血が吹き出てくるが、この後も痛みを伴いながら意識がしばらく残っていることを考えると、真っ先に自死の手段を選ぶしかなかった。


 意識が朦朧(もうろう)とした状態のままになってしまえば、月の維持ができなくなってしまうからだ。


 すぐに重りを具現化して頭蓋を砕き割り、正常な自分へと姿を戻す。




 このようなことを続けていれば、いずれ月がこの国に落ちてしまう。

 当然、月が落ちてしまう前にもとの魔力に霧散させなけなればならないが、それではデフテロの仕掛けた魔法陣を発動させることになる。


 月が自重で墜落を終える前に、リリベルと相談をしたい。


 ここで、ライカンと戯れている場合では無いのだ。




 決断をしなければならない。




 ヴィリーかもしれないライカンの命を奪うしかないのか。

 彼の動きを止める手立ては他に無いのか。




 碌に考えが思いつかないまま、俺に狙いを定めたライカンが再び飛びかかって来た。


 その素早い動きに防御の体勢すら取ることができない。




 また食い千切られる。


 そう思った瞬間だった。




 頭上から何かが降り落ちて来た。

 青緑色の大きな布がひらりと舞って、中に包まれていた女が顔を出すと、セシルだということが分かった。


 デフテロの言い分では、セシルを含めた魔女たちは死んだことになっているが、彼女はこうして生きているではないか。




 しかし、ホッとしたのも束の間、俺を目標にして食い殺そうとしてきたライカンの前に降り立ったばかりに、彼女の身体は狼の歯牙にかけられてしまった。


 一体、なぜわざわざ危険な場所へ自ら降り立ったのか。

 気になる点ではあったが、今はセシルを助けることが先決であった。




 捕えた獲物の息の根を止めるために、ライカンの容赦のない振り回しが始まって、セシルの身体が分離する。

 血飛沫(ちしぶき)がそこら中に飛び散って、惨憺(さんたん)たる有り様を演出する。


 さっきの俺もこれと同じように引き千切られたのだろう。




 言葉が通じないと分かっていても、「やめろ」と叫ばざるを得なかった。




 もし、不意にこの場にヴィリーが現れて、ライカンと何の関係もないと知ったら、恐らく後悔の苦しみで発狂するだろう。


 だから心の中で懇願していた。

 このライカンがヴィリーであることを祈って、食い千切られたセシルを介抱する。


 肩から胸辺りまでを失い、肉や骨が露出している。




 ライカンの攻撃を(しの)ぐために、周囲に分厚い半円の壁を具現化して、彼女の傷を癒やすべく魔法を詠唱する。


「なぜ、わざわざライカンの前に出たんだ!」


 セシルは息も絶え絶えで、呼吸すら苦しそうに行っている。

 声を出すにも相当な体力を使っていることが窺える。必死に否定したかったが、死にゆく者の姿としか見ることができなかった。


「時間が……良く聞いて……死んだら私の目をくり抜いて……」

「馬鹿なことを言うな!」

銀衣(ぎんえ)の……に殺された……弟子たちに……」


 言葉は途切れ途切れで、何を言っているのか分からない。傷口を治しつつも、彼女の言葉を全て聞き取るために口元近くまで耳を傾ける。


「苦しみから……解放されたい……」


「呪いは……目に……遺して……」


 徐々に目が閉じ始めるセシルの肩を必死に揺らす。目を閉じたら死ぬ。俺が死んだ時と同じように。


「お守り……代わりに……」

「セシル!」

「友だち……」

「セシル!!」


 彼女は言いたいことを言い切ったからか、安心感に包まれるている表情に切り替わった。

 冗談じゃない。


 俺に何を伝えたかったかのかも、なぜわざわざ死にゆく行動を取ったのかも碌に分かっていないのに、勝手に終わった気になるなんて。




 過去にリリベルに対して全く同じ仕打ちをしたことがあった。

 1人先に地獄へ旅立ち、残されたリリベルの気持ちが今になって分かった。


 分かったからこそ納得できなかった。




 友だちの死体から目玉をくり抜くという行為が、どれだけ野蛮で心苦しくなる行為であるのかを分かっているのだろうか。




「少しは、アタシの痛みを知ったでしょ」


 半円状の壁の中に埋もれた俺には暗闇しか見えなかった。

 俺とセシルしかいないはずの空間に、ラルルカの声が聞こえた。


 突然、足元の床が水のように力を入れられない感触に変化して、俺は下へ下へと引きずり込まれてしまった。




「全く泣きもしないってことは、アンタにとってその女は別に大した存在じゃないってことよ!」


 俺に熱烈な憎悪を向けているラルルカが、的確に心に傷を付け始めた。彼女にとっての大切な者を殺したという自覚すべき罰が、反論を許してくれなかった。

 もっとも身体全体は影に包まれていて、水中に入っているかのような感覚で声は上げられない。


 彼女の一方的な言葉を聞きながら、影の流れに身を任せるしか無かった。


「どう? 自殺してみたくなったんじゃない?」


 セシルへの回復魔法は止めずに、彼女を抱き続けたまま、ラルルカの操る影に身を任せ続けた。


 すると、しばらくの沈黙が続いた後、ラルルカの舌打ちが連続で鳴って、彼女は一層不機嫌になった。


「最悪の男。周囲に不幸を振り撒き続けながら、それでも生き続けようとするなんて、マジで最悪!」




 突然、無数の何かが俺の身体を掴み、無理矢理俺からセシルを引き剥がしてきた。

 セシルへの魔法が強制的に中断させられて、何も見えない世界で必死に彼女を手繰り寄せようと、掴むものを払いのけて暴れてみる。


 しかし、筋力強化した全力の動作をもってしても、ラルルカの領域で反抗することは叶わなかった。




「アンタ、人間じゃないわ」




 冷たいラルルカの言葉と共に、俺は一気に影の中を浮上して、そして外に出た。




 影の外は凄まじい喧騒に囲まれていた。


 馬鹿みたいに広い空間だった。

 天井は穴が空いていて、壁も床も赤い中、更に赤い長い長い敷物の先に椅子が2脚見えた。


 国王がいた。クローディアス王女もいた。


 オルクハイム王子がいた。


 リリベルがいた。


 数え切れない兵士たちがいた。




 皆は部屋のど真ん中に立つ、たった1人の魔女に釘付けだった。


 俺が出現した場所は、その魔女の目の前だった。




「ヒューゴ君!」


 男たちの果敢な声が聞こえる中でもリリベルの声はしっかりと聞き取ることができた。




 影から飛び出した時に、空の景色が一瞬だけ見えた。


 セシルの死を回避するために俺が取った行動は、月を四散させるという結果を伴ってしまった。

 月への意識が完全に失われてしまったのだと自覚した。




 それでも、瓦解する赤い月に再び意識を向けることは難しかった。




 俺の目の前に魔女がいたからだ。




 紫衣(しえ)の魔女がいた。

 魔女協会の頂点である老魔女がいた。


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