集結する者4
デフテロが部屋に降り立ってから、最初に動いたのは隣にいたリゲルだった。
目にも止まらぬ速さとはこういうことを言うのだろう。
デフテロの後ろから飛びかかって、奴の腕を取り床に押さえつけようとした。
しかし、彼はデフテロの腕を取ることはできたが、その後は上手くいかなかった。
奴の腕が、身体が、彼の身体を無視して、その場に立ち続けることを許した。
リゲルは奴を倒そうとしていた勢いのままに、床に倒れ込んでしまう。
具現化した小剣をデフテロに投げつけてから、俺自身もデフテロに向かって突き進む。
「クローディアス王女! リリベル! 退避してくれ!」
小剣はデフテロの背中に一旦は刺さった。
しかし、すぐに小剣は支えを失って床に落ちてしまう。どうせなるだろうと思って、小剣にはそんなに期待はしていなかったから驚きもしなかった。
「デフテロ! お前のために月を用意してやったぞ! これ以上この国に留まればお前は晴れて死ぬことになるだろう!」
「見た! 恐怖、正に恐怖! ひは、ひはははは!! 死ぬかもしれないと思うと怖くて堪らない!」
デフテロの注意を俺に向けさせ続けて、その間に2人を退避させたかった。
リリベルは頭を抱えながらも自身にできることは無いかと、俺に尋ねてくるが、今は碌な想像が思い付かない。セシルに視界を奪われていなければ、リリベルからの援護を得られたと考えると、今はセシルが憎い。
クローディアス王女に至っては呑気にリリベルの着付けを続けていた。
本音を言えば怒鳴り散らしてやりたがったが、彼女が王女であることと怒鳴っても問題の解決にはならないことを加味して、デフテロへの攻撃を続けることにした。
頭の中の大部分は月のことを思いながら、奴を殴り蹴る。月のことを考えていないと、月をもとの魔力に霧散させてしまいそうだ。
月を生み出す前までのデフテロと様子が違う点は、彼女が反撃を加えてくる点だろう。
此方が1発攻撃を与えると、お返しと言わんばかりに魔法を詠唱してくる。
『髑髏よ!』
方向は一定では無い。背中からだったり、横からだったり、前からだったり、どこかしらか巨大な腕骨が飛び出て俺を殴たっり鋭い指先の骨で突き刺してくる。
腕の骨の大きさで言うと、それはひとつ目の腕と同じぐらいだった。
視界がぐるりと回転して後頭部に衝撃を受けると共に、吹き飛ばされた勢いが止まる。
王女のベッドの天蓋を張るための木の柱を、後頭部で折ったことを理解してから、再びデフテロに迫り渾身の力で奴の顔を殴りつける。
背中が温かい。恐らく後頭部の頭蓋が割れていて、そこから漏れ出た血が背中に伝ってきている。視界は焦点が合わないが、これは何度も経験してきたから戦いにさほど支障は出ない。
「王女殿下! この音は一体……!」
丁度、部屋の外にいた兵士たちが異音を聞き取って、様子を見に入った時のことだった。
デフテロの気が逸れた。
おかげで奴の顔を横に向けさせることに成功したが、即座に俺の拳が奴を無視してすり抜けて、それ以上奴の首の方向を変えることはできなかった。
殴った勢いで奴との距離が近付いたところで、顔だけ横を向いていた奴の青い左目だけがぎょろっと動き此方を捉えた。
1度距離を離して、今度はデフテロの番だと言わんばかりに奴の口から魔法が紡がれる。
その隙にデフテロの視界の外から、リゲルが剣を携えて暗殺者のごとく奴の首を刎ねようとした。
それも届かなかった。
『髑髏よ!』
巨大な背骨とそれに繋がった肋骨が、奴の身体を丸ごと包みリゲルの剣を防御したのだ。
彼も剣を振る時は全力だったはずだ。
巨骨の途中まで刃を通すことには成功したが、突然の巨骨の出現に彼も驚きそれより先に斬り進もうとする判断を鈍らせてしまった。
デフテロの気がリゲルや兵士たちに注がれるその前に、捨て身になる必要があった。
俺は命に終わりは無いが、彼等には命に終わりがある。
先程は生者を亡者にする魔法陣を展開されて、一瞬のうちに多くの兵士たちを死なせてしまったが、今度はそうはいかない。
奴の敵は俺だと認識させてやる。
再び奴に向かって突進を行う。
大げさに足音を立てて、デフテロに俺が迫って来ていることを知らせる。
行き場に迷っていた奴の左目の焦点が俺に合わされ、確かに俺だけを見ていると確認できたところで、彼女の頭上にとにかく重い物体を具現化する。
重ければ形は何でも良い。
具現化に失敗して不完全な物が生み出されてしまっても良い。
『髑髏よ!』
左右から縦に並んだ骨が俺を挟むように迫って来た。
防御する思考の余地が無かった俺は、ただその骨と骨に挟まれてしまう。
それが歯であると分かったのは、噛み砕かれて身体を粉砕されてからのことだった。
しかし、俺を即死させたのは間違いだろう。
間も無く俺は傷を負う前の健康体に戻って、今のデフテロよりも優位な状態になる。
ある意味で奴が生み出した歯をすり抜けて、俺は更に突進を続けた。
奴が頭上に重量物が落ちてきたことに気付いたのは、奴を守る背骨と肋骨が物体に押し潰される音を聞いてからだ。
当然、奴は重量物に押し潰されないように身体を無視させる。
物体が落下して、1度奴の姿が見えなくなって、物体がすり抜けて再び奴の顔が見えた。
俺の具現化した物体に何の意味があるのかとでも言いたげな笑みで余裕を見せていたが、物体が床を破壊しかけた所で、顔色を変えた。
重量物は床を破壊し、それに引っ張られるように周囲の壁も崩れていった。月を具現化した時に天井を破ったおかげで、この部屋の壁は簡単に崩れてくれた。
唯一足場だけはすり抜けさせないようにと意識していたデフテロは、想定外の足場の喪失により、対策を取る間も無く、崩れ落ちる床と共にその身を落下させようとした。
それが狙っていた場面だった。
落ちかけたデフテロに、渾身の力で突進して奴の身体を押し出す。城の外にだ。
そして、奴の全身が月明かりの下に照らされる。




