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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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初めての涙

 ダリアが何か叫ぶ間に、私は黒い衣の女が投げ付けた黒い棒に突き刺されていた。

 棒は私のお腹から入り背中へ飛び出したまま、止まった。刺された痛みに絶叫するも、残った意識で構わず魔法を放ち続ける。


『ファイア!』

『コールド!』

『クエイク!』


 炎を投げ付け、足を凍り付かせ、地面を割って埋め込んでも、相手は防御する素振りすら見せず黒い棒をただ投げてくる。


 私は何本もの黒い棒が刺さって血が絶えてやがて死を迎え、再び意識を取り戻す。

 まるで亡者のように生き返って再び攻撃を開始すると、黒い衣のアイツは少しばかり驚いていた。


「お前……さてはコイツの呪いか」

「黒衣の魔女! あの子はもう死なない! 諦めたらどうだ!」

「それならお前を殺して呪いを止めるまでだ」


 ダリアが黒い衣の奴のことを黒衣の魔女と呼んだことで、初めて私の目の前にいるのが災厄の魔女であることを知った。

 もっと強そうでおどろおどろしい魔女だと思ったが、案外そうでもないと思った。

 黒いフード付きマントに灰色の癖のある髪の毛、瞳は真っ赤に染まっている。顔だけ見れば人間の女に見えるが、マントの下も真っ黒なドレスを着込んでいるため、実際はどうか分からない。




 黒衣の魔女がダリアに向けて手をかざした。

 私は奴の目をこっちに向けさせるために、今覚えているあらゆる魔法を詠唱して奴にぶつける。

 だが、どれも奴の興味を引く攻撃にはならない。


祝福を(デウスベネディーカト)

『我が身を焦がして望みを叶えたまえ』


 黒衣の魔女とダリアが詠唱をしたタイミングはほぼ同時だった。

 黒衣の魔女から黒い霧が勢い良く飛び出しダリアを飲み込む。

 霧に飲み込まれる一瞬前に見えたダリアは、片脚が青い炎に燃えていた。




 私は黒い霧の余波で吹き荒ぶ強い風を腕で自分の顔を守ってから、すぐに視界を2人の方へ戻すとダリアも黒衣の魔女もまだ姿があった。

 2人の激しい魔法の応酬がまだ続くと思った私は、ダリアを援護すべく黒衣の魔女に向けて魔法を放とうとする。

 しかし、2人ともそれ以上詠唱をすることはなかった。


「お前……」


 私はすぐにダリアの元へ走り、彼女の前に立って盾になった。

 黒衣の魔女を睨み付け、そのまま詠唱を開始しようとするが奴はすぐに踵を返した。


「お前たちは後回しだ。まさか呪術まで使って時間を停止させるとはな」


 奴がいきなりぴたりと止まり、私は再び緊張に包まれる。


「他人の夢の中にまで現れて私を殺そうとするか■■■■。だが残念だったな、お前如きでは私を殺せん」


 一体奴が何の話をしているのか全く理解できなかったし、話の途中で言葉が気持ち悪く濁って聞き取れなかった。


 私が次に瞬きをした時には、奴は視界から消えていた。いくら探し回っても見当たらなかった。

 敵がいないと分かると私はすぐにダリアの身を確認する。


 良かった、ダリアは笑顔だ。

 私は彼女が生きていてくれて良かったと抱きつく。




 しかし、彼女からの返事はなかったのだ。

 彼女の顔を覗き込むと、ふざけているのかと思うぐらい彼女は笑顔のまま一切動かない。柔らかい人肌を手で感じることはできる。体温も感じる。

 でも、彼女は瞬きもしないし、首も手も曲げようと思っても曲がらない。




 それで彼女の身に何があったのかと、身体を触って調べていたら気付いてしまった。




 彼女はさっきまであった片脚が無くなっていることに気付いた。

 服の上から押した彼女の胸は、心臓のある部分だけが肌の感触を感じられないことに気付いた。

 また、服の上から押そうとした彼女の脇腹は、触る感触を得られないまま、ただ服だけが奥へ突っ込まれることに気付いた。

 彼女の笑顔を良く見ると、本当は両目とも瞳が黒いはずなのに、片目が白く濁っていることに気付いた。

 彼女に本来あったものがたくさん失われていることに気付いた。




 ふと黒衣の魔女の言葉が脳裏をよぎった私は、1番気付きたくないことに気付いた。

『まさか呪術まで使って時間を停止させるとはな』


 呪術は正規の魔法詠唱と違い、肉体そのものを魔力と魔法陣の触媒代わりにして、魔法を繰り出す術だ。

 普通の魔法使いであれば、魔力を使って詠唱するのでわざわざ呪術を使ったりはしない。

 でも、彼女の魔力量はそんなに多くないし、魔法を何回か放てばすぐに魔力が枯渇してしまうような魔女だ。


 彼女は片脚を犠牲に、自分が死ぬことも生きることもできない呪いをかけ、私に与えられた不死の呪いが解かれないようにしたのだ。


 そう考えた時に、もしかして、彼女の片脚以外で欠損している箇所も呪術による代償だったりすのかなと思った。

 どのような場面で詠唱したのだろう。


 彼女が私を生き返らせてくれて再び出会った時から、彼女は魔法を1度も使わなかった。

 きっと既に魔力が枯渇していたのだ。


 黒衣の魔女と戦った時に、たくさんの魔力を消費しただろう。

 いや、彼女はとても優しいから、私を守るために、その身に宿る全ての魔力を使い果たしてでも奴と戦ったと思う。

 でも、魔力を使い果たしても勝てなかったのだろう。


 次にダリアはどうしたのだろう。

 きっと私を連れて遠くへ逃げようとしただろう。私1人だけで魔物がいる森の中を走らせているのだから、無事を確認したい想いもあったと思う。




 ああ、黒衣の魔女から逃れて私のもとへ来るまでの魔力をどこから得たのだろう。左腕かな。

 ああ、ヘルハウンドを倒した時に使った魔法の魔力はどこから捻出したのだろう。右腕かな。

 ああ、私に『魔女の呪い』をかける時の魔力はどこから拾ってきたのだろう。心臓かな。

 ああ、彼女が心臓を失っても生き続けられるように自身に呪いをかけた時の魔力は……。


 ああ、彼女の身体から失われた全てのものが、ただただ私を生き永らえさせるための糧となっていたんだね。




 私の()()()でダリアが生きることも死ぬこともない、文字通りの人形になってしまったこの出来事は、彼女を心酔していた私の心を破壊するには充分だった。


『ふふん』


 こうして晴れて黄衣の魔女(わたし)は初めて狂った。



 ◆◆◆



「その後、黒衣の魔女にダリアを見つけられないよう隠して、今に至るまで私はあちこちを彷徨い続けたんだ」


「彼女の『恋をしなさい』という言葉だけが、私の身体を動かすために唯一残された力の源だった」


「たくさんの優しい人や悪い人に出会ったよ。でも私が魔女だと知れば誰もが私を拒絶し、暴力を振るって退(しりぞ)けようとし、奇特な奴は私を利用しようとさえ考えた」


「でもダリアが私にくれた『黄衣の魔女』を捨てることはできなかった。それで、魔女のまま恋を学び続けた」


「彼女がくれた『黄衣の魔女』なのに忌み嫌われ続けてさ。だからその内に人間が嫌いになった。人間だけじゃない、他の種族も嫌いになったよ」


 ヒューゴ君は静かに私の物語を聴き続けている。

 私は彼の顔を両手で包み込み、彼の顔を正面からまじまじと覗き込む。

 彼は動揺していたが、今まで溜め込んでいた純粋な疑問を彼にぶつける。


「君が魔女の欲望や行動原理を理解できないように、私はなぜ生き物が恋をするのか理解できないんだ」


「君が魔女は狂っていると評したように、私は恋をする生き物たちは狂っていると思っている」


「恋って何さ。恋をすることに何の意味があるのさ」


「君は牢屋番をしていた時に見ただろう? 恋をしなくたって子は産む行為はできるんだ。それならなぜわざわざ恋をするのさ」


「それが知りたい。私自身に恋という現象が起きたら、私の頭蓋の中身はどうなるのか、私の身体はどうなるのか、知りたくて知りたくて堪らないんだ」


「今になってもダリアを元に戻す方法が分からない私には、『恋をしなさい』という彼女の言い付けを守るしかないんだ」


 あれ、私の声が震えてる。


「それでね。君を私の傍に置きたいと思ったのは、君がダリアと同じように優しかったからなんだ」


「ただ優しいだけじゃないんだ。気持ち悪いぐらい、気が狂っていると思えるぐらいに優しいんだ、君たちは」


「だから、君に興味が湧いて……」


 上手く言葉が出てこなくなってきたし、なんだか視界もぼやけてきたな。




 ああ、私は泣いているんだな。困ったものだ。


「すまない。他の魔女もいるというのに、ましてや主人が騎士に、涙を見せるなんて……」


 涙を引っ込めようにも、どうにも止まらない。

 初めて私の身の上話を他人に話してみたけれど、意外と私の心にダメージを与えるのだと気付いた。

 恥ずかしいから、次に同じ話を誰かにすることはもうないだろう。




 流れた涙を止めようと、彼の顔から手を離して、自分の顔に手を当てようとした時だった。




 ヒューゴ君がいきなり私の身体全てを胸元へ引き寄せてきたのだ。


 その瞬間、幼い頃に見た演劇の一場面を思い出した。

 確かそれは悲劇で、恋人の死に悲しむ主人公を友人が(いた)んで共に泣くという場面だった。

 その場面から、ヒューゴ君は私に同情し、私を慰めてくれようとしているのだと気付いた。




 私は泣き止むことを諦めた。




 彼の無言の優しさに私は潔く身を任せて、それでも他の魔女に声が聞こえないよう音に配慮して、幼い時と同じように涙が枯れるまで泣いた。

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