集結する者3
月を具現化しておいてなんだが、本物の月がなぜ浮かんでいるかを考えられなかった。
もっともらしい理由を付け加えて想像したら浮かんだかもしれないが、さすがにそれだけの想像を頭の中で繰り広げることはできなかった。
故に月は自らの自重によってこの地に落ちてくることだろう。
その前に銀衣の魔女を倒せば良い。
何ならセシルたち魔女が倒してくれることを祈る。
月を生み出してからのリリベルの様子はおかしかった。
魔力を生み出しただけだが、なぜかそれが彼女にとって負担になっているようだった。
「クローディアス王女殿下! ご無事ですか!」
部屋の外にいた兵士たちが、すっかり無くなった天井に驚いて、王女の安否確認のためになだれ込んできた。
そして、素っ裸の俺とリリベルを見て、すぐに不審者を見る眼差しで武器を構え差し出してきた。
そこに王女が大声で口を挟んできた。
「その者たちは私の従者ですわ!」
そのひと言だけで、兵士はすぐに武器を下げて姿勢を正す。
王女の言葉は短いが、その言葉には「私の従者に武器を向けるつもりか」という意味合いが含まれていることは俺にでも分かった。
「ただ天井が破壊されただけのこと。何も問題はありませんわ」
「クローディアス、それでも天井が無いというのは、守りの話を考えれば良くない。退避しよう」
リゲルが王女の手を取り、部屋の外へ出るように案内した。
その隙に部屋に置いていた衣服を着直す。
祝祭の衣装だったから俺もリリベルも非常に目立つ服装に戻ることになる。
リリベルの衣装には困った。ウエディングドレスの着付けの仕方など分からないからだ。
どうすればもとの美しい姿に戻るのか四苦八苦していると、部屋を出ようとしていたクローディアス王女が見かねて助けてくれた。
彼女曰く、数えきれない程の衣装をメイドに着付けてもらったから、着付けの方法は歩くことよりも簡単なことらしい。彼女の例えは正直良く分からなかったが、リリベルが裸にならなければそれで良かったので、1も2も無く彼女の着付けに任せた。
王女に着付けをさせることは不敬極まりない行為で、恐れ多いことこの上ないが、彼女からするとリリベルが裸のままでいさせていることの方が気分が悪いようだ。
「衆人の前で女に恥をかかせて貴方は何も思わないのかしら?」
「思わない訳は無い」
「それなら黙ってそこで貴方の大切な人が着飾れていく様を見ていなさいな」
随分と気の強い王女である。
天井を破壊したことのお咎めも無いし、俺とリリベルに1点の疑いを向けないのが不思議だった。
リゲルは兵士たちに部屋の外で待つように指示を行って、あとは扉付近でリリベルの着付けが終わるのを静かに待っていた。
そのまま俺がリリベルを眺めていたら王女に無言で睨まれてしまった。
着付けの最中の姿を見ることも失礼なことであると知って、逃げるようにリゲルの近くへ歩いて行った。
「君たちはルチアーノの友と聞いているが、正体は何者なのかな? 只者では無いみたいだがね」
そう言って彼は、頭上の月を指差した。
月を作ってしまったばかりに彼は、俺たちのことをルチアーノのただの友人として見ることはできなくなってしまったようだ。
彼がそう思ってしまうのも無理は無かった。
月を作った張本人が言うのも何だが、こんな芸当ができる奴を信じるのは難しい。
それでも、正体なんか言える訳が無かった。
紫衣の魔女を誘き寄せるための餌としてレムレットを利用したことを伝えれば、きっと彼女たちの協力は取り付けられなくなるし、完全に敵対化することになる。
それでも彼女たちの信頼を損いたくなくて、絞り出た答えが「ただこの国を救うためだけに力を振るっている」という言葉だった。
彼の質問の答えになっていないことは自分でも分かっていたが、リゲルもそれを察してくれたようだ。
「風の噂で聞いた話だが、金色の髪と瞳を持つ小さな魔女が存在して、たった1人の騎士を引き連れてあちこちを旅しているそうで」
「その騎士は全身を真っ黒な防具と盾で魔女のために身を捧げているとか」
俺たちの正体に勘付いているが、俺はあくまで白をきり続けた。
するとリゲルは鼻で笑ってから「追及してどうしてやろうとは思っていないから、安心して欲しいところかな」と言った。彼と視線を合わせることは無かったが、もう正体はバレたようなものなのだろう。
彼からの質問が終わってひと安心して、静かに溜め息を吐いていたら、ぱらぱらと頭に何かの欠片が落ちてきた。
天井を破壊したから破片が落ちてきたのだろう。
不快感で髪を振り払って、もしや大きな破片が落ちてくるのではないかと、念のため頭上を確認してみたら、屋根の上にいた魔女と目が合ってしまった。
目が合うと共に奴は、宝物でも見つけたかのように楽しげに笑みを見せて、城を構成する部品全てをすり抜けて、王女の部屋に降り立った。
「ここも地獄にしないと」
デフテロが身に纏っている骨たちが軽い音を連続して上げる様子は、まるで奴の笑いに同調しているかのようだった。




