集結する者
走って、走って、馬鹿みたいに広い屋根を走って、中庭が眼下に広がるところまで来た。
走る勢いを止めずに、そのまま屋根のない場所へ飛び上がり、3人分の重みが一気に中庭への距離を近付ける。
このまま中庭に落ちれば、衝撃で死ぬだろう。
衝撃を和らげる何かを想像できれば良かったのだが、そのような想像力を使う余地は無かった。
本当の死が訪れるかもしれない可能性が後ろにいるのに、今更目の前の死を恐れている暇は無い。
リリベルとヴィリーだけは直接衝撃を受けないように、2人を身体の内側に寄せて、そして自分だけ背中から落ちた。
鎧の中身が破壊され尽くす。
しかし、それも一瞬の話だ。
すぐに死ぬ前の身体に戻った。
黒鎧を纏ったままでは、兵士たちに異物と判断されてしまう。意識を取り戻したらすぐに、黒鎧をもとの魔力に霧散させ、レムレットの兵装に変装し直す。
そして、2人を抱え直して何食わぬ顔で城内へ入った。
兵士たちは俺が2人を抱えていることには疑問を持たず、城門側で起きている戦いに向かって慌ただしく駆けて行く様子が窺えた。
「リリベル、目はどうだ? 見えているか?」
「依然として、視界は奪われたままだね」
「それなら目隠しをさせてもらうぞ。セシルたちに動向を知られる訳にはいかない」
「目をくり抜けば良いのかい?」
「布で覆えば良いだけだ! 馬鹿な真似はするな……」
2人を抱えたままで喋りながら走ったらさすがに息も切れる。
馬鹿みたいに長い廊下も問題だ。
だが、ようやくその苦労も終わりを迎える。
クローディアス王女の部屋の前には見張りの兵士がまだいたが、俺の顔とリリベルの髪色を見て、驚きと困惑を見せつつも、とりあえず部屋の中に入れてくれた。
当然といえば当然だろう。
部屋の中にいるはずの王女の影武者が、部屋の外からやってきたのだから。驚かない方が不思議だ。
「ことは済みましたの?」
「いえ。それよりも今すぐ退避を」
「ここが行き止まりですわ。逃げ場なんてありませんわ」
部屋に入って、未だに呑気に寛いでいる王女の心情が理解できなくて、思わず質問してしまったが、返された言葉に詰まってしまった。
その毅然とした態度は王族だからこそなのか、平和ボケしすぎているからなのか、判断は難しい。
できるなら国王を含めて全員に退避して欲しかった。
セシルが瞬きを躊躇しないなら、相手が誰であろうと死ぬ。魔女の中でも1、2を争うほど生ける者を殺した彼女が本気になれば、この国の全ての命が、視界から消える。
そして、今の彼女は恐らく躊躇はしない。
長椅子に横にさせたヴィリーに回復魔法を詠唱するが、彼からの反応は返ってこない。
目を閉じたままピクリとも動かない。
リリベルに尋ねてみたが、彼女は視界が奪われてからヴィリーがどうなっているのかを把握できていない。
彼の見た目に目立った傷は無いし、服のどこかが破れているようには見えなかった。
セシルの瞬きに倒れたとしか思えないような状況だが、まだ信じたくは無かった。信じられなかった。
ヴィリーに回復魔法をかけ続けながらも、オルクハイム王子の状況を王女に尋ねる。
「オルクハイム王子は今どこに?」
「お父様と一緒ではありませんか?」
「まずいな……」
ヴィリーとリリベルは戦うことができない。
セシルたち魔女はレムレットを混乱に導こうとしている。
そして、他の魔女たちとは異なる目的を持った地獄の王デフテロが、全てを破壊し尽くそうとしている。
どうすれば良い。
どうすれば魔女たちを退けられる。




