瞬きで命を奪う者
杖を床にひと突きすると地獄が広がる。ふた突きすると地獄が更に広がる。
俺やデフテロを城内から追い出そうとしていた兵士たちは皆、業火に身を焼かれて現世を彷徨う燃える死者へと変身を遂げてしまった。
ここで1つ疑問が浮かんだ。
銀衣の魔女はレムレットを完全に破壊するつもりなのだろうか。
紫衣の魔女に命令されてこの地にやって来たのなら、その目的はあくまで戦争を引き起こすことだ。
しかし、戦える者を1人残らず抹殺してしまえば、紫衣の魔女が切望していた戦争はやって来ない。今のデフテロは、全てを抹殺する勢いで城を破壊し、この国を守ろうとする全てを殺し尽くそうとしているとしか思えない。
デフテロは無邪気に何度も杖を床に突き続けた。
その度に魔法陣は形を広げていき、城内は大量の血で塗りたくられたかのように真っ赤に染められる。本物の地獄を真似るかのように、赤く赤く塗られていく。
その赤を食い止めようとしたのは、ひとつ目が破った扉から現れた巨大な枝葉だった。枝と呼ぶにはあまりにも太すぎる。周辺の家一軒を余裕で覆ってしまうような太さに掻き分けられて、俺は身体を押し退けられてしまった。
枝は100年や1000年では済まない時間の経過による成長を、僅かな時間で実行させている。
枝をただ動かしているのでは無く、成長によって伸びる過程が動いていると錯覚できてしまうのだ。
少しでも逃げる判断が遅れていたら、成長する枝と枝の間に挟まれて、身動きを取ることができなくなるところだった。
枝は扉をほとんど埋め尽くすように侵入しているせいで、再びの進入を阻んでしまっていた。
広場に出る扉の出入り口付近に追いやられてしまったが。デフテロとの距離はすっかり離れてしまっているが、この枝のおかげで身体焼きは止まった。
そして、城の外に出たことで1人の新たな魔女が目に入った。
俺には目もくれず、銀衣の魔女に対して敵意を持つ目で睨んでいる。
「銀衣の魔女! これは何のつもり!?」
「これはこれは! 斑衣の魔女!! 私の地獄へようこそ!」
詰まっている枝越しに会話をしていることは不思議な光景だが、それ以上に魔女同士が争っていることの方が気になっていた。
なぜ言い争っている?
「この国を灰にするつもりなの!? 今すぐ馬鹿な真似はやめなさい!」
「ひははは!! 灰なんかよりももっと良いものを見せてあげる!」
2人の魔女が争っている間に、ハッと我に返る。
この魔女たちが城門でのさばっているのだとしたら、広場にいた兵士たちはどうなっているのか。
リリベルは無事なのか。
広場の方は一瞥しただけで状況が分かった。それ以上眺める必要は無かった。
魔女や兵士たちの死体があちこちで転がっていて、巨大な枝が生い茂り街を完全に破壊しきっていた。
夜だというのになぜか空は赤黒くなっていて、地面も家々の壁も赤く染まっていた。
デフテロの魔法陣が城を超えて更に広場全体にまで侵食している。
奴は本気でここを地獄に変えるつもりなのか。
次にリリベルを気にかけて城の上部を見上げてみたが、ここからでは確認のしようがない。
城に纏わりつくように生えている枝を利用して、時には駆け上がりやすいように足場を具現化して、一気に登って行った。
彼女の無事を早く確認したくて、悪い意味で足取りは軽かった。
屋根の上に辿り着いてすぐに彼女の姿を探した。
すっかり破壊され尽くした屋根には、2体のひとつ目がリリベルを囲み、その傍には屋根の上に伏したヴィリーの姿があった。
そして、更に魔女が2人いた。
1人は見覚えのあるマントを羽織った魔女で、もう1人はそれぞれ色の違うマントを4重に羽織って酷く着ぶくれした初めて見る魔女だった。
リリベルの名を呼ぶ声に、全ての生物が反応した。
見覚えのあるマントは、青緑色をしている。
フードを深く被って、そこから黒髪のボブカットを覗かせている。
久し振りに見たその顔は随分と大人びているが、目蓋にはジグザグに糸を縫い付けた痕があり、痛々しく血が凝固していて、せっかくの整った顔立ちに悪い印象を与えている。
碧衣の魔女、セシル・ヴェルマラン。
彼女は元は盲目だったが、目が見えるようになりたくて自分自身に『魔女の呪い』をかけたのだ。
目は見えるようになったが、代償として瞬きを1度する毎に彼女に近しい人物から1人ずつ死ぬようになった。
誰かが死ぬことを嫌がるセシルが、今はその糸を外しているのだ。
「この場で1番会いたくなかった魔女だ」
「お互い様よ……」




