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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第15章 魔女のための祝祭
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全てに貫通される者4

「どんなに美味と評される料理を食べても舌はそれを無視する。味など無い。満腹感で得られる幸福もありはしない」


 多分、兵士たちは怒っている。

 今すぐここから出て行けと言っている気がする。出ていけるものなら出て行きたい。




「炎の熱も、人肌のぬくもりも感じることは無い。身体に触れる全てのものに感覚は最初から無い」


 なるほど。

 銀衣(ぎんえ)の魔女が持つ杖は、魔法詠唱のための補助を目的としているのではなく、自らを立たせ歩かせるための補助を目的としていているのだな。


 地下道で逃げ回っていたときに、奴が急いで追いかけてこなかったのは、走ると体勢を維持できずに転倒する可能性があったからなのか。


「生前に心を満たしたあらゆる楽しみごとをやってみても、心が満たされることは無い。2度目の生は、生まれながらにして死んだも同然だったのさ」


 奴は杖の先端に取り付けられた髑髏(どくろ)に頬ずりを始めて、より大きく笑い始めた。


 鎧の中身を知らない兵士たちは、あっさりと俺を攻撃してきているが、今はそんなことは気にならない。




「ひは、ひはは。そうだよね、スケルトゥス?」

「ウン! ダカラキミハデフテロ(2つ目の)エピローゴス(物語のおわり)ナノサ!」


 奴は裏声を出しながら、杖を振って髑髏が喋っているかのように見せた。その人形遊びのような仕草が、狂人であることを強く印象付けさせた。


 しかし、銀衣の魔女が地獄の王であるなら、おそらく複数の魂を持ち合わせているはずだ。例え目の前の魔女に攻撃が与えられなくても、魂さえ奪ってしまえばこの世界でいうところの死を迎えてくれるはずだ。




「君の知りたい話はここからさ! 地獄の王は複数の魂を持つことで万が一の死を起きないようにしているみたいだけれど、私は違うのさ! なんて言ったって元はただの人間だから!」


「だから代わりの方法として呪いをかけたのさ! 膨大な魔力によって作られた、この世界の夜を照らすものでしか、この胸の中にある魂を具現化することはできない呪いを!」


「地獄の王になった私を殺す方法! 黄衣の魔女とその騎士ならよく知っているものだ!」


「月さ! 私は月明かりの下でだけ、死ぬことができるのさ!」




 徐々に興奮し始めた魔女の感情が頂点に達して、杖の下先を思い切り床に叩きつけた時、突然身体の自由が効くようになった。


 床が赤く染まっている。


 無数の円とその円の内側に何らかの意味を持っていそうな記号が描かれた魔法陣が、赤い光を放ちながら広間全体を照らしたのだ。




 身体が動かせると分かってすぐに取った行動は、デフテロへの攻撃だ。

 デフテロの杖の動きと共に広間の床に巨大な魔法陣が現れたのだから、当然それは魔法の詠唱の準備である。


 詠唱させてはならない。


 兵士たちも足元の異常に俺への攻撃を止めて、全員がデフテロへ殺気を向け始めた。


「ひはははは!! 残念だ、正に残念だ! 月は君等が破壊した! だから、私は死なない!」




 兵士たちは誰もデフテロの言葉に耳を傾けてはいない。

 もとより話し合いなぞする気も無かっただろうし、常人であれば戦いの最中に会話なんかしない。戦っている最中なら、戦いに集中するべきなのだからな。




「デモ、スケルトゥスハ、シッテイルヨ! ツキハ、シュウリノトチュウデ、ホントウニナクナッタワケジャナイ!」

「ああ、そうだよ。スケルトゥス。だから、私はこの世界を地獄にするのさ」




 ひとつ目(サイクロプス)に吹き飛ばされた時に失った黒剣を具現化し直して、デフテロの首を思い切り突き刺す。

 剣だけでは足りない。


 デフテロが詠唱の言葉を発しないように、空いた手で拳を握り、奴の顔に打ち付ける。




 兵士たちも束になって魔女へあらゆる攻撃を行った。


 黒鎧を着込んでいるせいで正体不明な俺への気遣いが無いのは当たり前だ。兵士たちは構うことなく俺ごとデフテロを攻撃した。それで良いと思っている。俺がレムレットの兵士であれば、俺だって彼等と同じようにしただろう。

 俺の身体が普通に傷付き、死ぬ身であれば、あらゆる手段を使って攻撃を避けようとしたかもしれないが、俺は不死だ。




 だが、デフテロを止めるための努力が実ることは誰にも無かった。


 素手に殴打も、武器による刺突や斬撃も、魔法攻撃も、全てが奴の身体を素通りしてしまうのだ。




 デフテロはあらかじめ結果を知っていたかのように、背負っていた骨と一緒にただただ笑っていた。針山のようになった奴の顔色は一切分からない。


 ただ、やはり俺や兵士たちの攻撃は無意味であることを、思い知らされてしまうだけだった。


地獄よ来たれ(リ・ヘソロ)




 詠唱と共に、周囲にいる全ての兵士やひとつ目の残骸の全てが、発火を始めた。ほんの一瞬だった。全てが黒焦げの身体に変化して、ひび割れたような赤い光が身体中に走らせ始めた。

 彼等は誰も悲鳴を上げることは無かった。おそらく、悲鳴を上げる暇もなく焼け死んだと思っても良いのかもしれない。



 発火と共に強烈な熱量を感じ始めるようになる。


 それは良く見てきた光景で、何度も見たことのある存在だ。




 燃える死者(ケイオネクロ)だ。広間にいる者で、俺と銀衣の魔女以外の全ての者は燃える死者へと変貌を遂げてしまったのだ。


「地獄7層の王、そして銀衣の魔女であるデフテロ・エピローゴスが、この世界を地獄に作り変えてあげよう!」


次回は9月21日更新予定です。

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