全てに貫通される者
ヴィリーが銀衣の魔女の姿を見てから魔女に剣を突き刺すまでに間は無かった。
それが素の身体能力であると言うなら、どうやら彼は人間では無いかもしれない。見た目には人間にしか見えないが。
「そう。大体の生物は心臓を突き刺せば、間も無く死ぬ」
ヴィリーの刀は魔女の胸を位置を確かに突き刺している。彼は確実に相手を仕留められるように、刃を左に右に回しながら押し込んでもいた。
それで、ヴィリーの攻撃に対する銀衣の魔女の反応が首を傾げるだけだったから、すぐに背筋が寒くなった。ここで遂に嫌な予感が身体全体に広がる。
「ヴィリー! さがれ!」
自身の身を守るいつもの装備を具現化しながら、ひとっ跳びでリリベルの近くまで後退したヴィリーとすれ違い、代わりに俺が銀衣の魔女に相対する。
「リリベル! 不死者なんて、そう簡単に出会えないのじゃないのか!」
「運が良いね!」
適当な相槌を打ってきたリリベルだが、彼女の言う通り運が良い。
いや、この場合は運が悪いのかもしれない。
俺が手にした具現化する力は、世界の理から外れ神のご加護というものを失う結果を付随する。
おかげで通常ではあり得ない偶然さえ起こし得る体質になってしまったのだ。いつだったかリリベルには「不死者なんて人間の生という短い間の話であれば、そう頻繁に出会うものではない」と言われたことがあるが、俺にはその常識が通用しない。
だから、先程リリベルに当たったのは、それを知った上での八つ当たりに近い。
「そうかい。やっぱりキミ等、元黄衣の魔女とその騎士かい。まさかと思ったけれど……いや……それなら張り切らないと」
互いに不死だっていうのに、これから戦うということを考えると億劫になりそうだ。
いや、億劫になっている場合じゃない。
「ヴィリー! リリベルを援護してくれ!」
彼にそれだけ言って、銀衣の魔女をここから遠ざけることに集中する。
盾を構えたまま突進して銀衣の魔女に体当たりをすると、奴は抵抗も無く後ろへ身体を跳ねて行った。
それでも杖はしっかりと握っていたので、余程大事な物と見える。
もしかしたら、禍々しい骨だらけの杖が魔女の本体なのかもしれない。
確証は無いが、遠ざけるついでにやってみる価値はある。
盾が槍であったらという想像を行って、それから階下に誰もいないことを祈りながら、身体を起こそうとしている銀衣の魔女に槍を突き刺した。
現状で出せるだけの力を振り絞って突いた槍は、魔女の腹を刺した感覚が無いまま、屋根の素材にかち当たる。
本来ならこの手に感じるはずの、生き物の肌を破る時特有の感覚が無い。
目で見えている物体が本当はそこにはいないのでは無いか。
もっと言うなら幻なのでは無いか。
奴がどういうからくりで不死もしくは不死のような状態になっているのか、まだはっきりしない。
ここまでが槍を魔女に突き刺した時の感想だ。
ここからは銀衣の魔女をリリベルから遠ざける話だ。
リリベルには、城に迫っている他の魔女を対処してもらいたいのだ。それは、彼女でなければできないことだ。
だから、俺は囮になる。
刺し貫く感覚は無くても、屋根の上に寝転がっているのだから、少なくとも屋根とは接地しているのだ。
屋根ごと破壊して魔女を階下に突き落とす。
「潰れろ!」
想像し得る限りで最も重い金属を想像して、なるべく城内の兵士に当たらないように適度な大きさでもって具現化した。
リリベルが絡むと俺の想像力は逞しくなる。妙に頭が冴えると言った方が正しいかもしれない。
銀衣の魔女の頭上から瞬間的に具現化できた金属塊を構わずに落とす。
銀衣の魔女は金属塊で姿が見えなくなり、突き刺していた槍も小枝のように簡単に折れてしまった。屋根の素材は、金属塊の重量に一瞬でも抵抗することはできずに一気に突き破って下に落ちていく。
願わくばダメージぐらいは負って欲しいものだ。
金属塊の重みで折れた槍は、とてつもない力で弾かれたため、その柄を持っていた俺は軽々と跳ね飛び、金属塊が空けた穴に飛び込んでしまう。
どちらにせよ下りるつもりだったので穴に飛び込んでしまったこと自体は気にかけていないが、跳ね飛んだ勢いが強くて前後左右が不覚になって、意図しない恐怖が発生してしまう。
やけに着地が遅いと思ったが、金属塊が階下の通路の床も破壊して、更に下の馬鹿みたいに天井の高い広間へ落ちてしまったようだ。
受け身を取る体勢が全くできなかった俺は、ひと足先に最下に着地していた金属塊の上に遅れて着地した。
屋根から1番下まで吹き抜けになった箇所を俺は落ちていったおかげで、鎧の中身は激しい衝撃によってひしゃげ放題になり、即死できた。
死ぬ前と死んだ後で転換する視界のおかげで、俺は死んだのだとすぐに判断できた。
即死したと判断できれば身体は正常に戻っているはずなので、身体の確認をする必要無く、すぐに起き上がることができる。これは不死の特権かもしれない。
さすがにあれだけの衝撃音を聞けば、兵士たちも一斉に押し寄せて来てしまう。
城内を守る兵士たちは誰も彼も腕が立ちそうで、俺なんかじゃ到底太刀打ちはできないだろう。
だから、兵士たちがまだ狼狽えている今のうちに金属塊を消滅させて、酷く掘り下がってしまった床にいるはずの銀衣の魔女を確認する。
中心点には銀衣の魔女がいた。
「さすがに服もマントも杖も無傷なのはどうかと思う」
銀衣の魔女は肩や腕に付いた埃を払って、それから顔を上げてきた。
「ひひ、ひはは! 親玉を倒すにはまず部下の騎士から倒す必要があるのか! 盛り上げてくれる! 興奮、正に興奮!」
魔女の笑いに呼応して、奴の身に纏わりついている骨たちも一斉に騒ぎ始めた。




