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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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違う、初めてなんかじゃない

《思い出してくれ。初めてなんかじゃないんだ》


 一体何の話をしているのだろう。

 聞き覚えのある声が私に語りかけてくるけれど、誰の声なのか思い出せない。


《くそ、どうすればいいんだ》


 聞き覚えのある誰かは歯がゆそうにしているけれど、私はその声に応えてあげることができない。

 声が出ない。

 それどころか景色も真っ暗で、言葉の主の姿を確認できない。


《気を付けろ。奴は――》


 その後は声が徐々に遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなった。


 あれ。今日は何日だっけ。






 ある日。


 朝、日課の剣術訓練を行うために、家の裏庭に向かったがヒューゴ君はいなかった。

 寝坊でもしたのだと思い、私1人だけで剣を振っていても仕方がないので朝食の準備に取り掛かることにした。


 再び家の中へ入ろうと扉を開けるとヒューゴ君が目の前にいた。

 やっぱり寝坊していたようで、いつもなら黒髪も整えているはずなのに、今日はぼさぼさのままだ。

 手に持っている物も訓練用の木刀ではなく、私の魔力を使ってこさえた黒い剣で、本当に寝起き直後といった様子だ。


 しかし、彼は私の姿に気付いていないのか、切っ先を私の顔に向けたまま前進を続けて来る。

 一瞬でも遅れて横に避けていなかったら私の顔面は剣で貫かれていただろう。


「ひ、ヒューゴ君!?」


 私だったら刺されても問題ないけれど、これが私じゃなかったら彼は危うく罪人となるところであった。

 目を覚ましなさいと注意するために、彼の服の端を掴んで家の外へ前進することを阻止しようとしたその時、彼は前進の勢いそのままに倒れ込んでしまった。


 いくら寝起きと言っても地面に倒れ込んで二度寝に興じるような人ではないと思う。

 そこで彼の様子がおかしいことに気付いた。


 必死に彼の服を引っ張って、居間のソファに彼を寝かせると、彼の息が荒く意識が朦朧としている。

 彼の額に手を当てると驚く程に熱い。

 風邪か何かの病気である可能性が高い。


 どうしよう。

 私が知っている回復魔法は『ヒール』だけで、『ヒール』はあくまで目に見えている傷を治すためで、病気を癒やす効果はない。


 医者を、医者を呼ばないと。

 でも、町に出向いている間に彼の体調が悪くなったらどうしよう。

 彼を背中に抱えて連れて行くことなんて、私の力ではできない。


 私は風邪にはなったことはあるが、流行り病やその他の病気にかかったことがないので、どう対処すれば良いか分からない。


「ヒューゴ君、聞こえるかい」

「ああ、聞こえる」


 良かった。返事はできるようだ。


「どこか痛いところはあるかい」

「頭と喉が痛い」

「医者を呼んでくる。すぐ帰ってくるけれど、大丈夫かい?」

「大丈夫だ」


 彼の言葉を信じ、私はすぐに家の外に出て町へ向かった。


瞬雷(しゅんらい)


 自信を分厚い魔法防護壁で覆い、私の身体から直接雷魔法を放出し、発生するエネルギーで自身ごと吹き飛ばし移動する。

 私が捕えられていた城からヒューゴ君と逃げる時に使った魔法だ。

 着地が難しくて怪我をしやすいことと、1人分の移動を可能にするために超巨大な雷を発生させるため、爆音で耳が破れ周囲への被害が大きくなるが、今はどうでもいい。






「ただの風邪です」


 家に連れてきた医者は、一瞬でここに連れてこられたので最初はひどく動揺していたが、診察となると一気に冷静さを取り戻して診てくれた。


「薬を飲ませたので、しばらくすれば熱は下がるでしょう。後はお腹に優しい食事を摂らせてください。いくつか予備に薬を渡しておきます」

「ありがとう。すまないね、いきなり連れて来て」

「いえ、だ、大丈夫です。魔女様」


 私が魔女であることに恐怖しているようだったので、すぐにお金を渡して町へ帰してあげることにした。

 雷の魔法を使って再び移動させようとしたが、トラウマになってしまったようで、歩いて帰ると言い医者はそそくさと家を出て行ってしまった。

 深い森の中ではあるが町までの道を、どこかの誰かが草をむしって整備してくれたおかげで道に迷うことはない。

 それでも追い剥ぎか魔物に襲われる可能性もあるので、医者が帰る前に私の雷魔法が込められた魔力石を護身用に持たせた。


 医者が森の奥へ消えて行くのを見届けた後、私はすぐさま雑穀や豆の入った粥を作った。

 粥を鍋で煮込んでいる間は、正座で彼を見続ける。体調に変化がないかを確認するために、たまに彼の額や手を触ったりしていたらヒューゴ君から物言いがあった。


「そんなに触られると俺も気になってしまう」


 どうやら心配のあまり触りすぎていたようだ。彼の言葉で私はなるべく触らないように心がけた。


 その後は、自分で言うのもおこがましいが、かいがいしく彼の看病をし続けて、ずっと彼の傍にいた。






 問題は次の日だった。


 朝、彼の傍で眠っていた私は、起き上がると同時に身体のだるさと寒気を覚えた。

 私が起きると同時に目が覚めたヒューゴ君は、すっかり調子を戻したようで、昨日の重苦しい動きとは打って変わって軽やかそうに伸びをしている。


 私がそのまま立ち上がろうとしたところをよろけてしまったので、彼は心配して私の身体を無理矢理に抱き寄せて額に手を当てた。


「すまない。俺の風邪をうつしてしまったようだ」

「お構いなく」


 私はヒューゴ君がいた位置にそのまま交代し、今度は私が看病される番になった。




 庭や家の掃除、食事の準備などをやり始める彼だが、心配で目が離せない。


 掃除し残しの場所があるのは大目に見るとして、料理に関しては特に注視しないといけない。

 彼は料理が得意ではない。

 包丁を手に持ったときは常に監視して扱いを間違えそうな時は、すぐに注意したこともあった。


 そして、今まさにキッチンで彼が包丁を使おうとしているのを居間のソファから確認できたので、私は飛び起き、這ってキッチンに赴く。


「な、何をしているんだ」

「お構いなく」


 蛞蝓(なめくじ)みたいな挙動をしていたら、彼は危ないからと私をまるでお姫様を扱うかのように大事に抱えて、居間のソファに鎮座させた。


「大丈夫だ。俺が料理するのを心配しているのだろうが、包丁の扱いは慣れたさ」

「自分で包丁の扱いに慣れたなんて言う奴は、全っ然、信用できないよ」

「そこまで言わなくてもいいじゃないか」


 彼には、とにかくソファでゆっくりしてくれと念押しされたので、不本意ではあるがソファからキッチンを眺めることにした。

 案の定、その後すぐにキッチンから「痛っ」という声と『ヒール』という声が聞こえた。


 血の味がする料理にならないことを祈る。






 朝食にじゃがいもメインの野菜スープを食べさせてもらった。幸いなことに血の味はしなかった。

 料理を食べ終わると、彼は自主的に洗濯を始めた。

 彼は庭先に出て、灰を水に溶かした灰汁で衣服の汚れを洗い流し始めた。


 私は居間のソファから窓の外にいるヒューゴ君の様子を眺めている。

 この家で彼が洗濯をするのは初めてだが、手でこすって洗うだけなのだから大丈夫だろう。

 そう思っていた私が馬鹿だった。


 ヒューゴ君、強く擦りすぎて私の服が伸びてしまっているじゃないか。

 私の頬に一筋の水滴が流れ出るのを知覚できた。お気に入りの服よ、さようなら。

 あ、今度は装飾の糸が破れた。


 私は死にかけの声で彼を呼びつけ、洗濯のいろはを懇切丁寧に教えた。

 普段の家事を私がほとんどやってしまい、彼にあまり任せなかった私の失策だ。私自身への授業料として、伸びきった服には生贄になってもらおう。




 彼は洗濯について真面目に私の話を聞き、私の伸びきった服を見て自分のしでかしたことに気付いたようだった。

 幸いお金は魔力石を売って得たお金がある。服なんてまた買えばいいさと彼を励まして、洗濯の続きに戻らせる。


 今更に考え直すと、彼は私と出会うまでどうやって生活していたのだろうか。

 家に家族がいてその誰かにやってもらっていたのだろうか。彼は身の上話をあまりしないものだから、実は彼のことについてあまり詳しくない。


 今度、聞いてみよう。






 どうやら眠ってしまっていたようで、私が次に目覚めた時には、居間の外は暗くなっており夕食時になっていた。

 いつの間にか私の服は、魔女の正装から黄色の寝巻きに着替えさせられていて、毛布も掛けられていた。


 私が起きたことに気付くと、ヒューゴ君が私の元へ食事を持って来てくれた。

 朝食と同じメニューだったので、少し笑ってしまう。彼にしばらく料理を任せたら、毎日野菜スープが出てきそうだ。


「今日は休めたか?」

「いいや、全然」


 私が正直に感想を告げると、彼ががっくりと肩を落とした。


「でも助かったよ。ありがとう」


 私は口を開けて彼に食べさせてもらうように、お願いの意を示す。

 彼はスプーンでじゃがいもとスープを掬うと、私の口元へゆっくりと運んでくれた。


「美味しい」


 私が正直に感想を告げると、ヒューゴ君の落としていた肩が元に戻って、分かりやすい人間だなと思った。

 また私は笑みをこぼしてしまった。


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