地獄を呼び寄せる者
クローディアスたちはずっとこの倉庫に隠れていたそうで、地上での出来事を知らないようだった。
だから、俺とリリベルが偽の王女と王子を演じて祝祭に参加したことや、何者かに襲撃されて上は混乱していることを話しながら、彼女たちの知らないであろう情報を伝えた。
「私がヒューゴと結婚したという既成事実ができてしまいましたわね……」
「偽者であることを明かせば問題ない。切り抜ける言い訳はできているし、仮に命を狙われることになっても俺たち2人なら強行突破して逃げる。その代わり、言い訳には王女の名前を使わせていただきたい」
「構いませんわ」
木箱の上に座ったクローディアス王女の1段高い許しが出たところで、改めてエリスロースに状況を教えてもらった。
「まず、お前の頼みごとは達成されていない。この国はお前たちのことを脅威とみなしていない。いや、脅威とみなす暇が無いと言った方が良いか」
「例の噂を皆が信じてくれなかったということか?」
「いいや、信じた。ああ信じたさ。だが、お前たちに回る気が無かっただけだ。この祝祭のおかげでな」
「戦いの危険より祝祭の成功、か」
「お父様は面子が何よりの好物ですから、不思議はありませんわ」
横からクローディアスが呆れ顔で父親の悪評を吐き捨てた。やはりというか、親子関係は良好ではないようだ。
「ところで例の噂って何かしら?」
興味津々のクローディアスだが、「貴方の国に戦争をけしかけました」なんて言える訳も無いので、 黒衣の魔女がばら撒いた闘争に至る病のことを『噂』と指して、情報をかき集めるためにこの地に来たという嘘を吐いて難を逃れた。
そして、その嘘を更に丸めこむために、話題を変えて彼女たちに部屋に戻るように進言した。クローディアスが拒んでいた祝祭は既に滅茶苦茶になっているのだから、彼女がここに留まる理由はない。
「この地下道は城内を移動するための道しか存在しないのか?」
「いいや、いくつか町に繋がる道がある。元々は、有事の際に城から別の場所へ逃れるための用途だからな」
「それならやっぱり、城に戻った方が良い。相手の数も実体も不明なまま、味方の少ない場所にいるべきじゃないと思う」
「安心してくれ。祝祭が終わった時点で我々は城へ戻るつもりだった。さあ行きましょう、クローディアス」
リゲルが王女の手を取り先に進み始めたので、急いで彼女たちを追い越して、先導した。
兵士の格好をした者が、王女を先導させる訳にはいかないだろう。
エリスロースの流した噂は、信憑性を持たせる工作をしたとしても、優先して対処されることはなかったと彼女は言っていた。
正規の軍では無く、使い捨ての既死者の仮面たちを寄越すだけで、俺たちのことは十分撃退可能だと思われているのだろう。
もはや仕方ないと言うしかないだろう。作戦は失敗した。
だから、代わりの手段が必要だ。
紫衣の魔女を誘き寄せる戦争が必要なのだ。
幸いにも丁度良い異変が今、地上で起きている。
利用させて貰わない手はない。
「幸運、正に幸運」
走っている間に考え事をするものではないと痛感した。
「何者だ!」
他の感覚が疎かになる。
例えば視覚だ。
『地獄よ来たれ』
交差する通路の角に隠れるように立っていた女がいたことに気が付かなかった。
背丈からして、女というよりかは女の子と言った方が良いだろうか。
だが、その見た目は明らかに異質で、一般人でないことだけは確かだ。
くすんだような灰色がかった髪は、リリフラメルと同じぐらいの癖っ毛が爆発している。
その髪色と同じような色のマントを羽織り、吸い込まれそうな青い瞳が1つだけ見えている。
癖っ毛の延長線が右目を隠していて、左目だけが現れている。
異質なのは、骨だ。
彼女は手に、骨を集めて固めたような杖を持っていた。手の形をした骨が無数に柄から飛び出ていて、先端には何らかの人型の頭蓋骨が取り付けてある。
彼女の身体にはに骨が纏わりついていて、肩から両腕手の骨が垂れ下がった様はまるで背中から乗りかかられているようだった。
頭には、これまた明らかに人間ではない生物の頭蓋骨の上半分を被っている。
死者の証をその身に携えている彼女は、不気味で仕方がない。
「王女は後ろに下がってください!」
「ひはは。後ろも気にしなよ」
熱を感じる。
壁や床から、土や木板を掻き分けて熱が現れる。
燃える死者だ。
怨念だけを糧にこの世を彷徨う亡者は、地獄にすら行くことを許されない。
死なないと分かっている者を相手にすることはできない。相手にするだけ無駄だ。
それに、奴らが放出する熱は人を焼く。長居はできない。
熱の逃げ場がない地下道で奴らが出現することがどれ程危険であるかは、この身で嫌という程味合わされている。
「全員、真っ直ぐ走れ!!」
王女たちを通り抜けさせてから、俺が5人の最後尾になる。
盾を具現化しながら後ずさりを始める。
燃える死者も骨だらけの女の子も、俺たちの動きをゆっくり見守るだけだ。
「自己紹介をしよう。私は銀衣の魔女デフテロ・エピローゴス」
まったく銀色には見えないマントを、大きな身振りではためかせた魔女は、杖を地面にひと突きして片目で笑った。




