探し彷徨う者2
取水塔の扉を開けると、たくさんの金属製の歯車がひしめき回転しながら、長い紐に取り付けられたいくつもの桶が地下から水を汲み上げていく様子がすぐ目の前に広がった。
この水が外の中庭へ流れて行き、人工的な小川のせせらぎを演出しているのだろう。
中に蝋燭が入っているランタンが壁に掛けてあったので、それを拝借してから、すぐ横にある地下へ向かう階段を2人で降りて行った。
地下からもたくさんの人の声がすることから、兵士たちが地下を移動して城を駆け巡っているのだろう。
安易に俺とリリベルのレムレットの兵装を解くことはできなかった。
階段を下り切ると地下道に出た。
壁に突き刺したフックにランタンが等間隔で掛けられていて、明るさの心配をする必要がなかったので、ランタンは階段の出入り口付近に置いて目印代わりにして、進むことにした。
「こっちだね」
リリベルが指差す方向に向かって右に左にと曲がって行きながら、エリスロースのもとへと近付いて行く。
地下道はどこも等間隔で並べられたランタンに変わり映えしない通路の作りのせいで、初めてここに足を踏み入れた者は確実に道に迷うだろうと思った。
俺だって、もう既に帰り道が分からない。
ある時に、リリベルが「近い。すごく近くにいると思う」と言ったので、そこからは慎重に進むことにした。
ゆっくりと曲がり角の先の様子を確認してから、奥へ進み、また曲がっては進みを繰り返していると、やがて1つの空間に出た。
どうやらここは行き止まりのようでこれ以上進める道がない。
多くの木箱に、槍立てや剣立てが複数置いてあったので、ここは通路では無く、物資庫の用途をもった部屋なのだと分かった。
「ここだね」
見た目には人の姿が見られなかったので、箱に隠れているのかもしれないと思って、エリスロースの名を呼び掛けてみた。
「俺だ、ヒューゴだ。何かあったのかと思って迎えに来たんだ。いるのか?」
すると部屋の1番奥側にあった木箱がガタっと音を立てて揺れ動くのが見えた気がした。
一体何があって戻ってこなかったのかとか聞きたいことはあるが、逸る気持ちを抑えて、まずは彼女の無事を確認するためにどの木箱が動くのかを凝視して待った。
3つの木箱の蓋が同時に動き、それぞれの蓋に手がかかっているのが見えた。
複数人を血で操っているなら、彼女の気が狂っていないとも限らない。念のため、リリベルの前に立って黒盾を具現化して待ち受ける。
「ヒューゴってルチアーノが言っていた男のことかしら?」
「ええ、そうです」
「そう。リゲル、貴方も出て来なさい」
「とっくに出ていますよ、クローディアス」
木箱から出て来たのは、女1人と男2人だった。
ルチアーノ、リゲルという名前を聞いた後にクローディアスという名前を聞いたら、考える必要もない。
彼女が本物のクローディアス王女だ。
驚くべきはクローディアスの声、顔、背の高さ、体型の何もかもがリリベルにそっくりだということだ。
国王や兵士たちが見間違えるのも無理はない程、そっくりだった。
何度もリリベルとクローディアス王女を見比べたが、正直に言って見分けがつかない。
「あ、良いことを思いついた」
「どちらが本物のリリベルかを当てさせようとして、俺を試すなんて悪いことはしないよな?」
リリベルが彼女の顔を見て、絶対に良いことではないことを思いついたと呟いたので、真っ先に想像できた企みを言って牽制した。
彼女はへへっと変な笑い声を上げて顔を背けたので、図星であったことが分かった。
悪女である。
「あら? すごいわね。いつの間に私の影武者なんか用意したのかしら」
「クローディアス王女。彼女は影武者ではなく、俺の仲間です」
ルチアーノらしき若い男が箱から出て真っ先に近付いて来た。
「今はルチアーノだ、ああルチアーノだ」
ああ、この話し方はエリスロースだ。確信した。
クローディアスが「最近のルチアーノ、話し方が変だわ。私の護衛ならもう少し言葉遣いに注意なさい」と彼を注意してきた。
つまり、クローディアスにはエリスロースの血が混ざっていないことを示している。
「この国では、ルチアーノだけなのか?」
「その通りだ、ああその通りだ」
恐らく俺たちだけにしか分からないやり取りを交わして、今のエリスロースが操っているのはクローディアス王女の護衛の1人であるルチアーノだけだということを理解する。
エリスロースへの頼みごとの顛末を聞く必要もあるが、それよりも今はクローディアス王女の方が気になって仕方がないので、彼女について先に質問をすることにした。
「なぜ王女がこんなところに隠れているのですか」
「それは勿論、オルクハイム王子との結婚が嫌だからに決まっていますわ!」
聞けば彼女は、ラズバム国王によって決められた結婚が気に食わなかったようである。
自らの幸せではなく国の利益を優先する父に怒りを覚え、反抗の証として祝祭をすっぽかそうと企んだ。
彼女の護衛であるリゲルとルチアーノは、彼女の意志を尊重する数少ない従者であるようだ。
2人は、王女消失騒ぎの責任を負わされて、その結果命を失うことになったとしても、覚悟していると言った。
王族の娘に生まれたからには政略的な意味合いを持った結婚など、当たり前だろうし、むしろそちらが普通だとさえ思っていた。
だから、俺の想像する王族像でいえば、クローディアス王女は異端に見えた。
彼女が反抗している理由は、ただ親の言うことを素直に聞きたくないというお年頃だからではない。
彼女には心から決めた人がいるようだ。
「私、リゲル以外の男と未来を歩むつもりはありませんわ」
彼女はリゲルと婚約ができるように、過去に何度か国王に直訴したことがあるようだ。
しかし、王族の血を引いていない者と結ばれることを国王は決して許すつもりはなかった。
その話を聞くと、ラズバムに王族の血を引いていると嘘をついたことは、まだマシな嘘だったのだと分かった。
血族主義の国王に、もし俺がただの町人の身分であると言ってしまったら、後にどうなっていたか分からなかっただろう。
その点については、リリベルも「幸運だったね」と同調した。
「ヒューゴ君が攻撃を防ぐために盾を創り出した行動も、国王に好印象を与えたと思うよ。王族は魔法を習得して当たり前という風潮があるから、きっと国王は君のことを只者ではないと認識しているはずだよ」
「そうなのか?」
「それはそうさ。彼等には魔法を習得するためのお金も時間もある。持って生まれた魔力の量を扱う力は別として、皆、大なり小なりの魔法は使えるようになっているさ」
「それなら、詠唱無しで魔法を使ったように見えているのも?」
「すごく好印象さ」
随分と都合良く物事が進められたのだなと実感した。
この雑な幸運が、後でしっぺ返しとなって襲いかかってこないか不安になってきた。




