初めての昔話
ある日。
私は物心ついた時から黄衣の魔女だった。
気付いたら黄色いマントを必ず着させられていて、魔法に関する知識を教え込まれていた。
知識を授けた者は、1人の魔女。この魔女が私の師であり同居人でもある。
山の草が枯れ果てた岩壁に、素人が建てたようなみすぼらしい家が私の住処だった。
「リリベル、君は恋をしなさい。これからの長い魔女生をかけて自然と愛してしまうような人を見つけなさい」
私の師ダリアはいつもそう言っていた。
何十回、何百回と耳にタコかできる程聞いた。
彼女は私を長い時間をかけて、どこか知らない都会の大きな劇場に連れて行き、劇を見せてくれたりした。
喜劇だったり悲劇だったりいくつもの劇を見せられたが、多かったのは誰かが誰かを愛する物語だ。
彼女は私に書物を読ませてくれたりした。
史書だったり伝記だったりいくつもの書物を読ませられたが、多かったのは誰かを誰かを愛する書き物だった。
なぜ恋をするように私に言うのか、聞くことはしなかった
ダリアが言うことなのだから、それはきっと何か意味のあることなのだろうとその頃の私は思考を止めていた。
気付いたときから彼女の傍で暮らしていて、私の足りない知識の源は全て彼女から受け継いだ。
彼女の知識に頼っていれば私は安心でいられた。私の拠り所は彼女だけ。
彼女が本当の親ではないと思ってはいたが、本当の親がどうしているのか聞くことはしなかった。
彼女がいれば充分だったし、そもそも私にとっては興味のない情報だった。
だが、別に彼女じゃなくても良い。たまたま私の近くに彼女しかないかったから信頼していただけで、もし明日彼女がいなくなっても、他の誰かが私の拠り所になってくれるならそれで良かった。
誰でも良いのだ。
「花火を見せよう」
彼女と何度目かの冬を越して夏の夜、彼女はふいにそう言った。
すぐに外へ私を連れ出すと、彼女は2つの魔法陣を土に描き、私の手を取る。
「リリベルの魔力を少しもらうよ」
魔力がそれ程ない彼女は私の魔力を元に魔法を唱える。
『大地よ集え』
彼女が手に置いた魔法陣が光り、少し離れた場所の土が盛り上がり、そこから何かの塊が飛び出し空へ舞う。
すぐさまに彼女はもう1つの魔法陣に手を置きまた魔法を唱える。
『万雷』
すると雲もない空中から突如一筋の雷が空へ舞った塊に当たり、心臓を叩きつけるような音が鳴った。
そして、塊は燃えて四方八方へ飛び散り、その飛び散ったいくつもの破片が真っ赤な光の尾を描いて空を走る。
その景色の後に再び衝撃と音が鳴る。
綺麗だった。
ただただ、綺麗だった。
一体何をするための魔法かと聞いたら、彼女はこう言った。
「この景色を見るための魔法だよ」
生きていくのに必要な魔法、誰かを殺すために必要な魔法はこれまでにいくつも教えられてきた。
だから覚えた魔法が何のために存在するのかは理解がしやすかった。
この魔法はきっと同時にたくさんの敵を殺すのに作られた魔法だとすぐに推測はできた。
けれども彼女は、この景色を見るための魔法だと言い張るのだ。
誰かを殺すための魔法ではないという言葉に、私の動かなかった心は、思いきり金槌で叩かれて吹き飛ばされたかのように揺れ動いた。
「この魔法は『万雷』と言って、本当はいくつもの花火を同時に咲かせるための魔法なんだ。私は1つしか打てないが、君ならたくさん打てるはずだ」
この景色だけでも綺麗と思ったのに、それが更に増えると思ったら私は無性にわくわくしてしまった。
私はここで初めて魔法に興味を持ち、雷魔法を学びたいと思った。
初めて自発的にやってみたいことができたのだ。
そのことを彼女に伝えると彼女は大層喜んだ。
「期待しているよ。次は君が私に花火を見せてほしい」
そして更に月日が経ち、私が8歳になった時に災いがやってきた。




