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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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初めての歌

 ある日。


 ヒューゴ君から手紙が1通届いたことを知らされた。

 手紙はフィズレ国立学院のロベリア教授からのものであった。

 中身は2枚の紙が入っていて、片方は魔法に関する困りごととして依頼内容が記述されており、もう片方は楽譜のようだった。


 一緒に手紙を読んでいたヒューゴ君は依頼が来て良かったと頬を綻ばせた。

 私は特に何の感情も湧き上がらなかったけれど、ヒューゴ君が嬉しそうなのでその喜びに表情を合わせてやった。


 依頼は、フィズレ南端の漁村の村長から宛てられたもので、この楽譜がどうやら問題になっているようだ。


 楽譜は五線譜に音符記号が記されたごく普通のものであるが、その音符記号の下に文字が書かれている。


「歌、なのかな」


 私もヒューゴ君も音楽にそれほど詳しくはないので、どうやって読めばいいのか分からない。


 依頼の続きを読み進めると、村に古くからある楽譜のようで、大漁を祈願したり、嵐の時に鎮まるよう祈りを捧げる時などに歌ったりしているようだ。

 普段は箱に入れて保管しているそうだが、ある時に大漁の祈願で歌い上げている最中に、楽譜が入った箱から白い光が漏れていることを、たまたまそこにいた村民が確認したそうだ。


 楽譜を箱から取り出して、歌を歌うと光の元はその楽譜だったことが分かった。

 その光る楽譜は神聖な物だと村民は崇めるようになり、それ以来祈願をする時は楽譜を取り出して皆の前で歌うようになったそうだ。


 しかし、ある時に同じように祈願のため楽譜の前で歌を歌った時、光りが白ではなく赤く光り輝いたことがあったそうだ。

 そして、赤く光った時は決まって悪いことが起きるそうだ。村民の誰かが必ず怪我をするようになってしまったのだ。


 そのことに気付いてからは村民はその楽譜を恐れ出して、今度は神聖な物から一転、呪われた楽譜と扱われて、歌われることがなくなった。


 楽譜の歌を歌わなくなってもしばらくの間、楽譜が勝手に何度か赤く光り出して、毎日誰かが不幸な目に遭うようになった。

 村民は災いを恐れて歌わざるを得なくなり、今度は楽譜が怒っていると思って、怒りを鎮めるために歌を歌うようになったのだが、これまでに1度も白い光が出ることはなく、赤く光り続けてしまう。


 楽譜を捨てた方が良いと村民からの意見もあったが、村の宝でもある楽譜をなるべく捨てたくない。


「ということで、なぜ赤く光ってしまうのか、白く光らせるにはどうしたらいいのかを私に調べてほしいという訳だね。む、1週間後にロベリア教授の使いが状況を確認しに来るのか」

「今のところ何も光は出ていないようだが」


 確かに光などはなく、至って普通の紙にしか見えないね。


「でも、これが魔法陣であることは間違いないかな。村人の歌が詠唱となって魔法を発動させているのだと思うよ」

「魔力をどこから得ているのかは置いておいて、赤く光る場合は詠唱を間違えたということだろうか?」

「その可能性はあるね。適当に歌ってみてよ。発動するかも?」


 私は独特な歌声を持つ玄人なので、あえて歌をここで披露することはせず、彼に任せることにした。あえてね。


「歌は苦手なのだが」


 彼も歌は苦手なようで渋りはしたものの、拒否しても物事は進まないと観念して何のメロディーにものらずに歌い始めた。子供が歌うような幼稚な歌詞だった。多分、本当に子供の頃に歌っていた歌なのだろう。

 しかし、全く反応はない。


「うーん、やっぱりメロディーか詩のどちらかは、この楽譜通りにしないとだめかもしれないね」

「歌い損じゃないか」


 ヒューゴ君の歌は正直上手だった。変に音が外れたりせず聞き心地も良かったので、素直に驚いた。その歌声で苦手とは私への当てつけかい?

 もしかして戦いに身を置くより、芸術に身を置いた方が良いのではないだろうか。


「楽譜の読み方に関する本を買ってこようか?」


 彼の提案で一緒に町へ楽譜の読み方を学べる本を買い求めに行く。






 楽譜の読み方なんて一般市民には縁のないもので、本を探すのには苦労したが、町の片隅の古本屋でなんとか見つけて家に帰って来た。

 すでに2日経っている。


 早速、買った本を読み解き楽譜の読み方をなんとなくではあるが習得した。

 もちろんヒューゴ君に歌ってもらわないと、私の素晴らしい歌声を聞く羽目になるので、彼にも楽譜の読み方を習得してもらった。

 ヒューゴ君は字の読み書きが少ししかできなかったので、日頃から授業として教えていて良かった。


「歌ってみるぞ」


 家の居間で私たちは椅子に座って実験を開始する。

 彼は今度こそ楽譜の音を歌い始める。

 彼が歌って初めて分かったが、とても荘厳な曲調で大漁を祈る歌とは思えなかった。


 彼の歌声に反応してか楽譜が光り出す。

 光の色は白だった。


 彼が歌い終わったら、今度はわざと音程を外して歌ってもらった。

 しかし、光の色はまたしても白だった。


 どうやら私の読みは外れてしまった。


「解決の糸口が掴めない」

「色々試してみよう」


 詞をわざと間違えたり、逆から歌ってみたり、鼻歌にしてみたり、色々試してみたものの、どれも白く光るばかりだ。


「喉が疲れてきたから次はリリベルが歌ってくれないか?」


 私は彼の言葉を無視して次は楽譜を手に持ったまま歌うようにお願いした。

 しかし、彼が無言かつ猫みたいな目で私のことをじっと見つめてくるので今度は私が観念した。


「分かったよ、歌うよ」


 ヒューゴ君に笑われるのは覚悟で、途中詰まりながらそれでも必死に歌った。

 歌っている途中に彼が嘲笑してそうな微笑み顔を見せたので、今日のご飯は彼に作らせようと思った。


 そして、歌を歌い終わったと同時に、私のすぐ横にあった木の棚が突如倒れてきた。

 地震があったり風が吹いたとか、棚が倒れてきそうな要因が一切見当たらない棚が倒れてきたのだ。


 倒れる瞬間にヒューゴ君が私に覆い被さる形になり、結果として彼は肩を強く打ち脱臼する羽目になった。

 彼はわざと黒鎧の魔法を詠唱せず、今起きている災いを自分が背負うことで私に危害が加わらないようにしてくれた。

 今回は不可抗力だったので、彼の捨て身を褒めてあげようと頭を撫でると、彼は恥ずかしいのかすぐに私の手を払った。

 ふふん、遠慮する必要はないのに。


 楽譜を確認すると、光源も無しに紙から赤い光が放たれていた。

 私が歌うと赤く光ったこの楽譜は、どうやら私に喧嘩を売っているらしい。


「燃やしていいかな、この紙くず?」


 ヒューゴ君に回復魔法をかけながら、楽譜へ喧嘩文句をつけてやった。


「待て待て。もしかしたら俺が男でリリベルが女だからという可能性もあるぞ」


 彼の言うことももっともであると思い、明日町へ再び赴き、適当な町人を見繕って歌ってもらうことに決めた。

 別に悔しい訳ではないけれど、今日は寝る前に歌の練習をしておこうと思った。






 次の日、町へ到着した私たちは、適当な女性に声をかけて、楽譜の前で歌を歌ってもらった。

 結果は白い光を放つだけだった。


 疲れて小さな木立に腰掛けて休憩していると、思わずぼやいてしまった。


「歌ってもらった彼女は歌が上手だったね」


 ヒューゴ君は聞こえていない振りをしていたので、今度は意識的にさっきと同じ台詞を吐いてやった。


「悪かった。聞こえているよ。でも仮に音痴が赤く光る原因だとして、俺がわざと音を外して歌った時はなぜ白い光だったのだろう。それに歌わなくても赤く光る件についても謎だ」

「それは、本当の音痴にしか反応しなかったという話だろうね。放置しても赤く光る件は私もよく分からない」


 いや、待てよ。

 もしや人の歌が魔力となっているのか?


「ヒューゴ君! 私に歌を教えて! 試したいことがある!」


 私は彼の手を引っ張りすぐに家に戻ることを決意する。






 それから更に3日程経って、私は再度楽譜の前で歌うことになった。

 それまでの間、昼夜を問わずにずっとヒューゴ君に楽譜の歌の歌い方を教わった。

 教わっている間は、私が歌うたびに楽譜が赤く光り、ヒューゴ君が私を庇って怪我をする羽目になった。


 まさか彼に教えを乞うことがあるとは思わなかったが、今はこの気になることを試したくて仕方がないのだ。

 彼にはすまないけれど余計なことは考えていられなかった。


「たった3日で、もう俺より歌が上手くなっていると思う。すごいなリリベルは」


 ふふん。黄衣の魔女に不可能などないのだ。

 ヒューゴ君と楽譜の間に空の魔力石を置き、石に顔を近付けさせて実験を開始する。


「まずはヒューゴ君。その状態で歌ってくれ」

「わ、分かった」


 彼はその奇妙な状態に戸惑いながらも、歌い始めた。

 すると楽譜は一瞬白い光を放ったと思ったら、赤い光を放ち始めた。


「良し! もう大丈夫だ!」

「これは、どういうことだ?」

「魔力石を見てごらん」


 彼の顔の近くにあった魔力石はほんの少しだけ光を灯していた。

 紡ぎ出された歌は魔力となって空中に放出されていたのだ。

 歌がそのまま魔力になるなんて初めて知ったので、私は感動して胸の高鳴る鼓動が抑えられない。


「私も初めて知ったけれど、歌は魔力になるのだね」


「この楽譜は、ここに書かれた歌を歌った時の魔力だけを吸収している魔法陣なんだ。だから、中途半端におかしく歌っても、歌による魔力が吐き出されていれば上手く吸収できて白く光るのだよ」

「じゃあ楽譜が赤く光るのは……」

「魔法陣の防御機能の1つだ。音痴は上手く魔力が吐き出せないから、音痴がいると問答無用で排除しようとするんだ」


 私は別の空の魔力石を手に取り、即興で思いついた自作の歌を歌ってみた。もちろん、楽譜に書いてある歌以外に練習していないので、所々独創的な歌い方になってしまう。

 魔力石は少しだけ、光り出したと思ったが元のただの石に戻った。つまり今の歌に魔力は出ていないのだ。


「魔法陣が音痴と判断した者には、赤く光って嫌がらせの魔法を発動させるんだ。君の肩が外れてしまうような軽い魔法をね」


「先程の赤い光は、君が魔法陣を発動させる歌を歌っていたのに、魔力石が歌の魔力を吸収してしまったから、楽譜は君の歌を音痴な歌と勘違いしたんだ」


「つまり音痴は問答無用で赤い光、上手く歌えても魔力が吸収されなかったら赤い光なんだ」


 ヒューゴ君は感心しながらも、もう1つの疑問を投げかけた。


「歌わなくなってもしばらく光り続けたのは、なぜなのだろう?」

「私がやっていたことを、その村でもやっていた人がいたんだよ」


 完全無欠の音痴が、音痴でなくなるために毎日練習していたのだろう。

 だけれど、練習途中のその人の歌は、問答無用の攻撃魔法発動に繋がってしまった。同情するよ。


「そして、ここからは私の復讐の時間だ」


 未だに赤く光る楽譜に向けて、私は全身全霊の歌声をぶつけてやろうと息巻く。

 この黄衣の魔女を馬鹿にした代償は高いよ。






 家の前の庭にある木の長椅子に私とヒューゴ君は座っていた。庭の辺りは木を伐採したので、上を向けば星が良く見える。

 家から放たれる少しの光と、後はこの空の星々の光だけが私たちを照らしている。


「だけど残念だな、リリベルの歌が上手くなってしまって」


 喧嘩かな。


「初めて歌ってくれた時の辿々しくも一生懸命な歌い方が、俺は可愛らしくて素敵だと思ったのに」


 私は何を飲んでいる訳でもなかったが、変にむせてしまった。

 どうやら、彼は依頼が一件落着して変なテンションになっているように見える。

 どれだけ恥ずかしいことを言っているのか気付いていないのだろうか。


「なあ、歌ってくれないか。楽譜の歌じゃない別の歌を」


 彼はこともあろうか私に練習していない歌を、つまり下手くそな歌を歌えと言ってきた。

 今さっき、可愛らしくて素敵な歌い方だと私に評しておいて、それを歌えと言ってきた。

 顔が熱い。


「駄目か?」

「ばか」


「でも良いよ」


 彼の一直線のお願いをなぜか私は受けてしまった。私も頭がおかしくなってしまったのかな。




 私は、楽譜の読み方を学ぶ本に書いてあった他愛もない曲を思い出しながら、音痴な歌を披露した。

 歌い終わった後、座っていた長椅子の脚がなぜか折れて、私はその拍子で転び手首を痛めた。


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