祝祭に興じる者3
王城は横にも縦にも馬鹿みたいに広い。
正門から城へ入る大扉を抜けると、声をひそめて話しても響いてしまいそうなぐらい高い天井のあるホールに出た。
何のために立たせているのか分からないぐらい、壁際に兵士が立っている。誰1人としてピクリとも動かないから、最初は置物かと思ったが、リリベルがその前を通ると姿勢を正し直して敬礼らしきポーズを取る。
兵士に案内されるまま絨毯の上を歩いて行くと、今度は馬鹿みたいに段数のある階段登りをさせられる。
リリベルとヴィリーは軽やかに登っていくが、俺は階段を半分程登ったところで、息が切れ始めた。王族も大変だなと思う。
「クローディアス! 一体どこへ行っていたのだ! 探したのだぞ!」
一足先に階段の頂上に到達したリリベルに向かって呼びかける者がいた。
少し遅れて俺も頂上に到達したところで、声の主を見ると絨毯の中央を堂々と歩く男がいた。綺麗に髭を蓄えた彼の姿は、分厚すぎて不自然に見えるマントを羽織っており、頭には黄金の冠を被っていた。
誰がどう見たって国王だ。
いきなり、人違いを起こされた者の父親に会ってしまったのは、心臓が跳ね上がらざるを得ない。
さすがに父親なら見た目でバレてしまう。万に1つにも見た目でバレなかったとしても、喋ったりすれば確実にバレる。
「町を見て回っていましたわ、お父様」
ヴィリーの隣に移動してから、片膝をついてその場に座り、国王に頭を垂れて、彼にも同じ姿勢になるように促す。せっかく侵入に成功したのに、不敬で真っ先に斬り殺されたくはない。
クローディアス王女の喋り方も父親の呼び方も知らないのに、いきなり特徴的な喋り方で国王に話しかけるリリベルに更に心臓が跳ね上がった。
体調の悪い振りをして、わざと声を絞って様子を見ながら、それから段階を踏んで喋っていって欲しかった。
これ以上、リリベルに予想外の行動をされると心臓が保たなくなって命を落としてしまいかねない。
「全く、今日がどういう日か分かっているのか! ……いや、待て待て待て! お前には護衛のリゲルとルチアーノが付いていたはずだぞ! 2人はどうした! まさか護衛も無しに町へ行ったというのか? それに、その服装は何だ! 仕立てさせた衣装とは違うじゃないか!」
「まあ、お父様ったら、そんなに早口で質問されたら、どれから先にお答えして良いか迷ってしまいますわ」
堂々と喋るリリベルに対して国王は、彼女を全く疑う気配がない。
普通に会話を続けている。
もしかして、クローディアス王女はリリベルと髪色以外は全て似ているのではないか。そうでもなければ、この会話を続けられていることはおかしい。
「まず、今日がどのような日かは承知しておりますわ。ですから、もっと私に相応しい衣装を探して急ぎ町に向かったのですわ」
「当日に衣装の変更する者があるか!」
「いいえ、お父様。今日が我が国にとって最も大事な日だからこそ、私の納得できない衣装を着て表に出ることは、他の誰でもなく私が許せません。此方で仕立てさせた衣装には、糸のほつれがありましたわ」
「な、なに!?」
徐々に周囲の兵士たちの姿勢が、動揺を表すように揺らめき始めている。
国王もそれを察して、リリベルに対して会話の場所を移動するように求めた。
しかし、リリベルは国王の指示に従わず、高いヒールのついた靴を小気味良く鳴らせて、此方へ方へ近付いてきた。
「クローディアス、何をしている! 私の部屋へ来なさい!」
そして、俺を無理矢理立たせて、国王と同じ目線に立たせると同時に、俺の腕に絡んで、ふふんと鼻を鳴らしてから国王に言い放った。
「お父様。私、この方と結婚いたしますわ」
絨毯の上に重い物が倒れる音と王冠が転がっていく音が、馬鹿みたいに高い天井に向かって反響していった。
そして、周囲の兵士たちが一斉に「陛下!」と言って、慌ただしく国王を介抱するために向かって行った。
リリベルは俺の顔を見て、片目を瞑って人差し指を唇に当てて音もなく微笑んだ。
可愛いが、悪魔だ。
まごうことなく、悪魔である。
「お母様。私、この方と結婚いたしますわ」
国王の執務室に連れて行かれるとリリベルは、今度は王妃を攻撃した。
王妃は力無くソファの手すりに寄りかかろうとしたので、国王が彼女の手を取って「レイチェル、しっかりしなさい!」と言って元気づけた。
リリベルがクローディアス王女になりきっているせいで、馴れ馴れしくツッコミを入れることもできない。
俺からの妨害を受けることが無いと知った彼女は、暴走し放題である。
「そこのお前。名乗れ」
壁の横でヴィリーと共に立たされている俺に向かって、国王が鋭い視線を放ってきた。
明らかに殺意を向けられていて、汗が止まらない。
一瞬、ヒューゴと言いかけたが、この名前の悪評を考えると正直には言うことができないだろう。それで別の適当な名前を言ってやった。
「レ、レイノルドと言います」
「どこの家の者だ」
どこの家の者でもありません。
言葉に詰まりかけた所をリリベルがすかさず話した。
「アスコルト家の者ですわ、お父様。遥か東に行き海を越えた大陸の先にある国の名家ですわ」
「全く聞いたことがないぞ」
「既に滅びた国の家柄ですから、聞いたことがないのも当然ですわ」
「何!? 駄目だ駄目だ! 彼がいくら王族の血を引いていようが、既に潰れた国の血筋の者と結ばせることなどできん! 我が国の名誉に関わる!」
「お父様は国の名誉にしか目がいかず、私の幸せなど全く考えていないのですね」
リリベルは自分にとって興味のあることに対してだけ情熱を注ぐ性格だ。
だから、クローディアス王女を演じる彼女の喋りや動作に熱が入っているのは、余程今回の件に興味があるということになる。
全く知らないはずのクローディアス王女を演じているというのも変な話だが。
エリスロースや外で起きている戦争や、カネリたちのことを全く気にしない程なのだ。
余程、彼女の興味を引くことがあるようだ。
いやいや、勘弁して欲しい。
「お父様とお母様には今まで黙っておりましたが、既にレイノルドとは何度も夜を共にしておりますわ」
リリベルの口から次々に爆弾発言が飛び出てきて、王妃はせっかく気を取り直し始めたのに再び気絶してソファの手すりに顔を伏せてしまう。
国王の方は「キサマァ!!」と怒声を俺に浴びせてきた。
ああ、このままだと明日には俺は処刑されるのだろうな。
「ええい! 先程から彼の横にいる者は誰なのだ! 鬱陶しい!」
「彼は、ペットですわ」
一気に適当な回答になった。
だが、おかげで心の中で考えていた、リリベルが何を求めているかの予想が確実になった。
「それよりもお父様! 名誉を重視するなら、今日の祝祭を成功できないことの方が、よっぽど名誉に関わると思わないのですか!」
「まさか、お前。俺を脅していると言うのか!」
「ええ、勿論ですわ! もし、私と彼の結婚を認めていただけないのなら、私は彼と共に死を迎える覚悟ですわ!」
「な……!?」
もし、クローディアス王女に兄弟姉妹が1人でもいたら、どうするつもりだったのだろうか。せっかく切った啖呵もあっさりと肯定されてしまうことだろう。
「……これ、いつまで続く?」
非常に小さな声で隣にいたヴィリーが呟いた。
俺も同感だ。
「……探している魔女の匂いはかなり近いよ」
ヴィリーの言葉を聞いて、俺は必死にリリベルに熱視線を送った。勿論、エリスロース探しに熱を入れるべきだという想いを込めた視線である。
だが、リリベルは国王の目を盗んで、ウインクで返してくるだけだった。




