祝祭に興じる者2
リリベルはヴィリーや俺の諫言には、聞く耳を持たなかった。
ヴィリーはともかく、俺の言葉を全く聞かないことはないリリベルだから、ここまで我を出すことは非常に珍しい。
「御三方、流れ者かい? ここに昔から住んでいる者なら、このコールギラムで最も大きな祝祭を知らない訳がないでしょう?」
首都に生きる者だからこその心持ちなのか、若干高慢な物言いに聞こえる。勿論、悪気はないのだろう。
「最近、此方に行き着いたもので、勝手がよく分かりませんもので……」
「なるほど、そうでしたか。それは失礼いたしました。しかし、それにしてもウエディングドレスは祝祭に召される衣装としては……」
「ああ、それにつていは彼女がどうしてもというので……」
「呪い話ですが、婚前の女性が着ると不幸になるとか」
横からウエディングドレスを見せつけるようにリリベルが、俺と店主の間に割って入って来た。
「問題ないさ。彼が私の夫だから」
おいおい。
「随分とお若いようですが、その歳で御結婚されているのですか?」
「え? え、ええ、まあ」
とりあえずで肯定してみたら、リリベルが目を輝かせて腕に絡んで来た。
今の彼女の動作は、俺にとって全てが琴線に触れてしまう。無闇に近付かれると心臓が高鳴って堪らなくなる。
「しかし、それでも祝祭にウエディングドレスは……」
「はは。で、ですよね……」
俺もそう思う。
そして、俺は店を出る前に店主に1つお願いした。
「あの、彼女のスカートの後ろの床を引きずっている部分を、切ってくれませんか」
「かしこま……え!? トゥレーンをですか?」
やはり、非常に目立つ。
衣料品店の店主から色々と教わった。
布を織り込み留めて、山を作った部分のことをタッキングというらしい。リリベルが着ているドレスはスカート全体がタッキングというもので彩られていて、これは周囲の者に見られない装飾だ。
この装飾を取り付けているのは、一般市民などではなく貴族からだろう。
だからなのか、リリベルが道を通ろうとすると、すれ違う人々は避けて通る。
かかとの高い慣れない靴を履いているせいで、リリベルの足取りは辿々しい。
だから俺はリリベルの手を取って彼女の進路を確保してやる。
「ところで、2人とも。そろそろエリスロースの魔力は感じられないのか?」
「感じているよ」
「匂いはしているよ」
「は?」
リリベルは片目を瞑って、どこか別の方向に顔を向けていて、ヴィリーは鼻をすんすんと動かしている。
2人とも何かに反応している様子を示している。
反応してくれているのは良いが、それなら早く言えと思う。
「おいおい。俺たちは遊びに来ている訳じゃないんだぞ。早く彼女を探して連れ戻さなきゃならないのだからな」
リリベルを甘やかした俺のことをヴィリーが冷たい目で見つめていた。どの口が言うのかと無言で訴えかけていたので、顔を背けて彼の追及から逃れることにする。
空はすっかり日が落ちて夜が訪れているが、無数の灯りに照らされた町中は昼のように明るい。
人通りが減ることはなく、混雑を極めている。
その混雑を難なく進めたのは、リリベルの衣装のおかげだった。
ちなみに、衣料品店の店主から教わったのは、リリベルが着ているウエディングドレスのことだけではない。
この祝祭は、レムレット建国と現国王と王妃を祝うための祭事のようだ。
この国では代々、国王と王妃の婚姻の儀はレムレット建国の日と同じ日に執り行われる風習がある。
国の威光を示すようにあちこちで掲げられている国旗は、白を基調としており、町を白に染め上げている理由はそこからきているようだ。
ようは建国記念と結婚記念を同時に行なっているのだ。
リリベルとヴィリーに連れられて向かった先は、首都の更に中心部だった。
王城前の広場は、馬鹿みたいに広くて端から端まで無駄に歩かされている気分になるが、人で埋めつくされた広場を見ると、決して無駄にはなっていないのだろう。
さすがに王城付近まで行くと兵士たちが目についてきた。
兜に白い羽根を腰には白い布を垂れ下げていて、彼等も例外ではなく祝祭を祝っている。
広場の奥まで来たが、これ以上先は王城の敷地内だ。長い階段を登り門を越えた先に王城へ続く道がある。
2人が指を差したのはその更に奥の方だった。
「待て待て、王城に入るのはさすがにやめよう。作戦通りなら、エリスロースは町の者にも血を広げているはずだ。王城に入るよりも、町人の中に彼女がいるかを探した方が怪しまれずに済むだろう」
「……でも、探している魔女の匂いはこの先からにしか伝わって来ない」
「そうだね。この場においては、彼女の魔力は王城からしか感じ取ることができないね」
「そんな……」
これ以上祭りの喜びに付き合ってやる暇は無い。他に彼女の魔力が感じ取られないのなら、仕方ない。王城に入るしかない。
正面から門に向かっても突き返されるのが関の山だから、城に忍び込む手段を考えなければならない。
なるべく人気が無い場所を探そうと、ひとまず広場を去ろうと彼女の手を引こうとしたその時だった。
2人の兵士が突然俺たちの目の前に現れた。彼等は俺たちの進路を塞ぎ、あっと声を上げて驚いた様子を見せた。驚いたのは此方の方だ。
まさか、俺たちの正体がバレているのではないかと心配になって、彼等といつでも戦えるように想像力を掻き立てておく。
「クローディアス王女! 探しておりましたぞ! ささ、早く此方へ」
誰のことを言っているのだろうと一瞬思ったが、2人の兵士の視線で、すぐに分かった。
彼等は無理矢理に人混みを掻き分けて、道を作り出して、手で先へ行くように示した。
「ん。クローディアス王女、その2人は召使いでしょうか」
2人は明らかにリリベルのことを別の者と勘違いしている。
どうやらリリベルの髪を黒く染めると、クローディアス王女という者と似るようだ。
ここで、2人から逃げ去ったら怪しまれることになる。
リリベルの手を少し強めに握って、彼女にクローディアス王女を演じてもらうよう仕向ける。
「そうさ。私の大切な人だからね」
「た、大切な……? いや、しかし……殿下の顔とは……。いえ、とにかく此方へどうぞ!」
既に怪しまれているじゃないか。
ハラハラする。
「……絶対バレると思うよ」
「さっき兵士の1人が『探していた』と言っていた。もしかしたら本物は行方不明なんじゃないか」
「……つまり?」
「下手に逃げたりしたら怪しまれる羽目になる。兵士たちの言う通りについて行って様子を見よう。王城への道を探す手間も省けたしな」
兵士たちに聞こえないように、真後ろから聞こえたヴィリーに返事をしてやった。
ウエディングドレスのおかげで、彼女が高貴な身分であることの信憑性を持たせることができた。俺は怪しまれたが、リリベルを怪しむ者はまだいない。
現時点では俺たちは幸運だ。




