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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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現在の愛くるしい黄色い魔女

 その後はしばらく作戦の細かい擦り合わせを行ってから、各自準備のために解散した。

 リリベル、エリスロース、リリフラメルと俺の4人はそのままロベリア教授の屋敷で過ごさせてもらっている。




 その日の夜だ。


 屋敷の2階にある、建物の外に張り出した空間でリリベルと2人きりで、フィズレの街並みとフィズレを囲う山々の景色を眺めている。


 椅子は何脚もあるが、彼女はわざわざ俺の膝の上に乗って座っている。

 あらかじめ言っておくとこの体勢は嫌いではない。最初は戸惑いもあったが、リリベルの後頭部を覗くのは今では慣れた光景だ。


 胸の内に丁度収まっていた頭は、いつの間にか首下辺りまでに近付いてきていた。恐らく口に出してはいけないのだろうが、膝にかかる重みも増えている。

 彼女は日々成長しているのだなと噛みしめる。




「ほら、あの山も」


 リリベルが指差しているものは、新たに生まれた燃える死者(ケイオネクロ)の灯火だ。

 南側が海で面している以外は山で囲まれているフィズレでは、山の方から何体もの燃える死者の光が付いては消えている。


 商人たちが管理しているこの国では、商人たちが国を守る。

 それぞれが金を武器に用心棒として騎士や魔法使いを雇ったりしている。その用心棒が夜通し山を散開して燃える死者に対処し続けているのだ。

 万が一燃える死者の炎が山に広がると海以外に逃げ場が無くなることもあり、彼等にとっては対応し続けなければならない問題なのだ。




 彼女はまるで流れ星を見つけたかのように、無邪気に俺に新たな火の発見を教えてくれる。

 こうして見ると、彼女はまだまだ女の子なのだと思う。発見しているものは物騒だが、それを除けば可愛らしい。いや、可愛い。




 この先のことを考えると、次に彼女とこうしてゆっくり触れ合う機会はいつになるだろうかと寂しい気持ちになる。


「ふふん、今日はやけに強く抱き締めてくれるじゃないか」

「あ、すまない。痛かったか」

「程良い痛みは、むしろ心地良く感じる程さ」


 寂しい気持ちが行動となって彼女に痛みを与えてしまっていた。咄嗟に腕を緩めようとしたが、彼女は俺の腕を掴み、もっと深く腕を回すように促してきた。


 そんなことをされると歯止めが利かなくなりそうだからやめて欲しい。




 理性がどこか遠くへ行ってしまわないように別の話題を切り出した。


「サルザス国とオーフラ国で、水衣(すいえ)の魔女と出会ったのだが、結局倒せず仕舞いだった。探してはみたのだが結局見つからなかったし、もしかしたら、また奴と対峙することになるかもしれない」

「ほうほう?」

「……教えて欲しいのだが、水衣の魔女の名前はカルメ・イシュタインと言ったよな?」

「うん、その通りだよ」

灰衣(はいえ)の魔女に出会った話をしたと思うが……記憶違いでなければ、その魔女には以前出会ったことがあってな。それで、確かその魔女もカルメと呼ばれていた気がしたんだ」


 リリベルがサルザスとオーフラにいた時の記憶をなるべく思い出させないように、誰がその名を呼んだのかということは濁して聞いてみた。


 彼女に聞きたかったことは、灰衣の魔女と水衣の魔女が同一人物かどうかということだ。

 戦っている間は考えている暇が無かったが、よくよく考えると、カルメという珍しい名の者が身近に2人も現れるものだろうか。


 灰衣の魔女と水衣の魔女とでは、使っていた魔法の趣向が全く異なっていた。

 だが、あの2人がどうしても無関係だとは思えなかった。




 それに灰衣の魔女は、鏡でできていたのだ。鏡の中に住まう者(スペクリュグス)という種族で間違いないのだが、そうだとすると奴は本物ではないということになる。


 水衣の魔女が本物のカルメ・イシュタインという可能性もあるが、果たしてリリベルの返事はどうだろうか。




「多分、同一人物だと思うよ。でも、多分2人とも本物のカルメでは無いかな」


 やっぱり意味が分からなくて思考が停止して、気付いたらなぜか彼女の脇をくすぐってしまっていた。

 リリベルは楽しそうにきゃっきゃっと笑っていて、すぐに謝罪する。


「彼女の性質は、人形遊びを楽しむことなんだよ。他者を操り人形にして、動かして、人形劇を現実に披露して、それを見て楽しむことを趣味にしているのだよ」


 彼女が言いたいことはこうだ。

 カルメ・イシュタインは表立って行動するような性格では無い。ただ、遊びのために無邪気になる性格ではある。


 現実を人形劇の舞台に見立てて、操り人形を動かして、劇を進めているのだ。

 人形を操っている者が、現実という名の劇に干渉しては劇が台無しになるという心持ちから、彼女が直接介入することはあり得ない。


 だから、俺の目の前に現れたカルメという名の魔女は、ただの操り人形であって、本物のカルメでは無いという話らしい。




「本物の彼女が狂っていないのであれば、彼女が私たちの目の前に出てくることは無いかな」

「それだと探しようが無いじゃないか……」

「そうだね」


 彼女が自信ありげに言うのだから、きっと本当にカルメは死んでいないのだろう。あまり納得はいかないが、本物のカルメの操り人形を減らせたことを考えれば、あの戦いは決して無駄なことでは無かったのだろう。




 カルメのことを質問したついでに、サルザスで起きた他の出来事を話すことにした。ただ話の延長線上で口にしてみただけで、特別な意味は無い。

 彼女との会話を楽しむための話題の1つというだけだ。


「そういえば、灰衣の魔女と戦っている間に雷が鳴っていたな。もしかしてリリベルがやったのでは無いだろうな?」

「それよりもヒューゴ君。しばらく君と離れ離れになってしまったから、心に隙間ができてしまったんだ。埋め合わせをしてくれないかな?」


 冗談で言ってみただけなのだが、予想外にも彼女は露骨に話を逸らしてきた。




 おいおい。

 まさか、本当にサルザスに来ていたのか?




 問い(ただ)そうとしたが、彼女の熱烈な愛情主張のせいで、先に俺の理性が遠くへ行ってしまい結局、サルザスでの雷のことを聞く機会は失われてしまった。


次回は6月26日更新予定です。

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