戦い喜び戦い飽きぬ魔女
ここからはこの戦いで得られたものの話だ。
サルザスとオーフラの戦いを熾烈化させる原因になった魔女がいなくなったことで、2国の戦いは何とか収まった。
魔女の力を当てにしていたサルザスは、攻め手を一挙に失い尻すぼみになる。
そして、白衣の魔女が2国に止めを刺す。
戦うことを止められなくなる病に冒された全ての者を1人残らず、彼女たちは治した。病を治すための知識はリリベルから授かっているが、肝心の魔力が不足していたので、そこについては俺が手を貸したことで解決した。
町だろうが、城だろうが、余裕で包み込める程の氷を生み出し、リリベルとオルラヤの魔力で癒やすことができた。字面だけで言えばとんでもないことをやってのけているが、個人的には『歪んだ円卓の魔女』なのだからこれぐらいできて当然だと思っている。
冷静さを取り戻した者たちが、無謀な戦争を止めることは当たり前のことだ。
このワムルワ大陸で数少ない正気を保った国だ。
ただし、白絵の魔女オルラヤはただの時間稼ぎだと言っていた。病に冒された者が国を訪れたら、再びこの2国は戦いに狂う可能性があると言うのだ。
風邪に罹り治れば、その後は抵抗力を持ち身体が強くなることもあるらしいが、果たして黒衣の魔女が残した病を乗り越えた者たちが、2度と同じ病に罹らないで済むかと言われたら、それは望みが薄いということらしい。
そうでなければいくつもの国が滅び、あらゆる生命が抹殺されることなど起きなかったはずだ。
オーフラを攻撃していたエルフの国も、オルラヤによって止められた。白衣の魔女の存在が無ければ、この上々とも呼べる結果は得られなかっただろう。
その点においては俺は恵まれている。
「ここまでがサルザスとオーフラで行ってきたことの報告だ」
今はサルザスより南に行ったフィズレ商国を、主であるリリベルの拠点としている。
親身にしてくれているロベリア教授の屋敷を間借りさせてもらっている。彼は相変わらず丸々と肥え太っていたが、幸いにも無病息災のようだ。
長い机の長が座る位置に彼女が構えていて、そのすぐ斜め右前に俺がいる。
他に席に座っているのは、リリフラメル、エリスロース、オルラヤ、クロウモリ、ラルルカ、それにオーフラ国の騎士カネリ、ランド、ルース、ヴィリーにノイ・ツ・タットでアルマイオの補佐をしているクレオツァラ、そしてロベリアだ。
いつの間にか大所帯になっていて、自分でも驚いている。
リリベルは意味ありげな邪悪な笑みを浮かべて「ふふふ」と言っているが、特に意味は無い。ただ、格好良いからやっているだけだと思う。
世界中で起きている戦禍は未だに収まらない。
その戦禍を収めるためには、俺1人の力だけではどうにもならない。
皆に集まってもらったのは、助けを求めたかったからだ。それぞれが各国の王に顔が利く。
しかし、実は今この時点で既にある程度の話はつけてある。
俺とリリベルによって暴走した前王を止めることができたノイ・ツ・タット、リリベルの魔力石で急速に財を成すことができたフィズレには、リリベルは知られた存在となっている。
彼女の名を使って助けを求めれば、意外と快く承知してくれた。
オーフラについてはちょっと違う。
元々はリリベルの魔力を求めて、彼女を力でねじ伏せようとした国だ。
だから、オーフラについては脅しをかけることで協力を取り付けている。
脅し文句としては「エルフの国、サルザス国との戦いを止めたのだから、手を貸せ。手を貸さないなら国民を含めた全ての者を皆殺しにする」といった具合のものだ。
だから、カネリたちは人質という体でここにいるのだ。
ちなみに、オーフラの王には可哀想な話だが、4人は喜んで俺に協力してくれている。
「して、次の手は一体何かね。君の力になれることなら幾らでも剣を振るおう」
白髪に染まった老齢のクレオツァラはやけに興奮していた。生き生きしていると言った方が良いだろうか。
オルラヤによって戦いを望む病には冒されていないことは確認済みだから、本当にただ血気盛んなだけなのだろう。
「っていうか、いつアタシがアンタたちに協力するって――」
「ラルちゃん、しっ」
「……やり辛っ」
なぜかオルラヤに頭の上がらないラルルカは、成り行きでここにいる。
ラルルカに話の腰を折られる前に、本題を切り出すことにした。
「知っての通り、今、世界中で起きている戦禍は黒衣の魔女の魔法が原因で引き起こされている。俺たちはこの混乱を静めるべく行動している」
「黒衣の魔女を倒すことで魔法の効力は失われて、世界は元通りになるはずなのだが……ある別の要因によって奴を見つけ出すよりも先に世界が滅びてしまいそうなんだ」
戦うことに生きることの悦びを見出してしまった魔女、紫衣の魔女。
今起きているほとんどの戦争は、彼女が最悪の結果に向けて加速させてしまっている。
一刻も早く彼女を止めなければ、国が、いや大陸が近いうちに死ぬことになる。
「紫衣の魔女という者を一刻も早く倒す。そうしなければ、戦争によって湯水の如く命が消えていくことになる」
「結局、魔女が全部悪いってことかい?」
カネリが正直な意見を言ってしまって、慌てて取り繕う。
魔女へのイメージを損なうことになると、魔女でない者のリリベルやオルラヤたち魔女への心象が悪くなってしまう。
「今回の件においては、魔女が悪いということは正しい。だが、全ての魔女が悪という話では無い。良い魔女もいる」
「へえ」
「例えば……そう、彼女だ」
「それはヒューゴの身内じゃんか」
良い魔女の代表としてリリベルを指差していたが、カネリのツッコミでハッとして慌てて指を引っ込める。
慌てるあまりに、自分でも意味不明なことを口走っていることは自覚していた。
よく考えるとここにいる者たちは皆、極端に魔女に対して恐怖したり憎悪する者はいない。
見渡して分かった。彼等はきちんと、魔女個人の生い立ちを見て判断する者たちだった。
「黄衣の魔女殿が素晴らしいお方であることは、十分に承知しておりますよ」
ロベリア教授が彼女を持ち上げる。彼が相手を褒めちぎることはいつも通りのことだ。
「あんなブスに素晴らしさの欠片も――」
「ラルちゃん、しっ」
「……くっ」
2人のやり取りを尻目に、オルラヤの隣に椅子をくっつけて座っていたクロウモリが、大きな紙に素早く文字を書き俺に見せてきた。
『その紫衣の魔女を誘き出すために、サルザスとオーフラの戦争を止めましたが、結局彼女が登場することはありませんでしたね』
「それで、次の手という訳だ」
紫衣の魔女が喜んでやって来るような出来事が必要だ。
これだけの戦いが起きているのだ。
きっと、止まってしまった戦争を気にするよりも、今起きている戦争の方が気になっているのだろう。戦闘狂の思考を読み取ることはできないが、予想をつけるのなら、もしも俺が戦闘狂だったとするなら、きっと今起きている最も大きな戦いに参加するだろう。
だから、紫衣の魔女の目を最も引くであろう出来事を用意してやれば良い。
答えは簡単だ。
ただ、その答えが問題なのだが。
「この大陸で最も大きな国に戦いを挑み、戦争を引き起こす」




