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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第14章 雷の歌
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人形遊びを好む魔女5

◆◆◆


 俺は、初めて見たリリベルの不死を活用した戦い方を思い出していた。


 戦い方と言ってもアレは単なる捨て身の囮だったが。




 それで、俺も彼女に習ってみた。

 自分が死なないと分かった上で、自分で自分の胸を刺し貫くのは、非常に狂っている手法だったが、桃衣(とうえ)の魔女ローズセルトを止めるためには、これしか無いと思った。


 狂ってる奴を止めるためには、狂った手法でしか止められないと思ったのだ。




 しかし、なぜローズセルトは俺を爆破させなかったのだろうか。

 この身体に魔法石の1つのでも埋め込んでおけば、俺の接近を止められたはずだ。




 そう思ったがすぐに考えるのをやめた。




 この魔女は、攻撃方法も魔女としての理念も、合理性とは遥か遠く離れたところにいる。

 なぜ、という問いは無意味なのだろう。




 それよりも早く剣を抜かないと、力を失って下に倒れ込もうとしているローズセルトの自重と一緒に、剣が俺の身体を切り裂いてしまうだろう。


 歯を食いしばって、彼女から身を離しながら剣を引き抜いた。


 べしゃりと倒れ込んで鮮やかな髪が泥に塗れて台無しになっていく。




 美しいと思えた感情は無く、あんなに愛おしかった想いも、欠片程も残っていない。

 それが、非常に、心苦しかった。




 だが、ローズセルトへの関心もそれでおしまいだ。


 大量の流血で死んだ身体が再び目を覚ませば、自然ともう1人の魔女に気を向けることになった。




 だが、向こうの戦意が感じ取られない。


「3対1っていうことは、私が不利っていうことだよね」




 雨風が横一閃に切り裂かれ、もののついでと言わんばかりに灰衣(はいえ)の魔女の首が吹っ飛んでいった。

 突風が吹いたと思ったら、すぐ目の前にカネリが立っていた。さっきまでそこにいなかったのに、いつの間にかそこに立っていたのだ。


 そして、また彼の姿が突風と共に消える。


 もしかして完全に怒りに支配されたリリフラメルが野放しになっているのでは無いかと心配したが、彼女はいなかった。

 気付いたら炎の熱を感じなかった。




 だから、俺は焦った。


「カネリ! もしかして彼女を殺してはいないだろうな!」

「ほんっとうにうるっさい!」


 ただし、返事をしたのは足もとから現れたラルルカだった。

 ちなみに五月蝿いのは彼女の方だ。相変わらず黄色い声がキンキンと頭に響く。


「足でまといなら下にいるわよ!」


 そう言って彼女は足をとんとんと叩いて足もとの影を指した。リリフラメルが影の中に退避されたことを示していて、安堵した。




 これなら灰衣の魔女に集中できる。




 首の無い魔女だとしても、その身体がガラス質でできている限りは、死んていると容易に判断できない。




「首を切った感覚がおかしかったな」


 ふっと現れたカネリが、理解できないことの答えを俺に求めてきた。

 だから、アレが恐らく鏡の中に住まう者(スペクリュグス)という存在なのでは無いかと述べてみたが、彼にはいまいちピンとこなかったようだ。


 それもそうか。鏡の中の世界の体験なんて、中々できるものでは無い。


 勿論、ラルルカは鏡の中に住まう者の存在を知っているから、すぐに理解を示してくれた。




 ばりばりと嫌な音を立てながらガラス片をこぼす灰衣の魔女が手を上に振り上げると、首が勝手に飛んできて再び胴体にくっついた。

 目を凝らして良く見ると、首に糸がくっついている。


「ゔぁー……あー」


 ぐりぐりと押し当てられた首は、やがて綺麗にくっつき元の灰衣の魔女に戻る。


「なるほど」


 勝手に合点したカネリが再び風に乗って姿を消した。




 その次の瞬間には再び灰衣の魔女の身体が割れ始めたから、またカネリが高速で切り掛かったのだろう。

 速すぎて分からない。


 薄暗くて、酷い雨降りで、更に兜を被っているから、ただでさえ見辛い彼の様子を唯一認識できるものは赤い影しか無い。




 その赤い影が、灰衣の魔女を木っ端微塵にする。

 強烈な嵐に遭遇したかのように、魔女の身体は粉々になっていく。


 恐らく灰衣の魔女だって何らかの抵抗はしているはずだ。戦争をけしかけるような魔女がただの魔女のはずが無い。


 それでも、灰衣の魔女には何も打つ手が無かったのだ。




 灰衣の魔女が、ただのガラス片になっていく正にその瞬間に、また近くで雷が落ちた。




 また雷が鳴った。相当近くで落ちている。


 先程から近くで何度も雷が鳴り響いている。




 さすがに何度も心臓を揺り動かされたら、気になってしまう。やけに近くで雷が落ちている。




 空中に浮かんでいたガラス片が下に舞い落ちていく様を、雷が照らすとより一層美しさを際立たせた。その破片1つ1つが魔女でなければもっと余裕を持って見られただろう。




 全く関係の無い所から背後から爆音が鳴り響いて、さすがに気になって振り返ろうとしたが、それよりも早くラルルカが俺の影を踏みその中に引きずり始めたのだ。


 予期しない出来事に呆気に取られて、質問をする言葉も出せずに、ただただ影に飲み込まれていってしまう。




 しかし、ラルルカの顔が見えると緊急事態なのだろうと気付いた。彼女は俺の後ろより向こう側を見ていて、明らかに焦った表情をしていた。




 影の下に引きずり込まれる感覚とは別に、背中から強く何かに引っ張られる感覚もあった。

 どちらかと言うと背中に感じる感覚の方が強くて、身体が吹き飛んでいってしまいそうだった。それを無理矢理ラルルカが押さえつけてくれているのだ。


 まだ自由の効く首を後ろに向けて、胸壁の向こう側の景色を見ると、真っ黒な円が空中に出現していることが分かった。


 その円は絶対に自然にできたものでは無いと思える程、一切の歪さを持たない綺麗な円の形で、そして歌っていた。

 いや、実際は分からない。誰かが本当に歌っているのか、それとも歌声のように聞こえる別の音なのか、判別はつけられなかった。何せ爆音なのだ。


 真っ黒なせいか円は距離感を狂わせてしまうが、少なくとも手を伸ばして届くような位置には無い。もっと向こう側に存在しているはずだ。

 それ程の距離を持っているのに、有り余って頭の中に響き聞こえるのだから、不思議としか言いようが無い。




 そして、背中から引っ張ってきた感覚を生み出した犯人は、あの黒い円だということが分かった。


 歌う黒い円に向かって、雨粒も雲も、草木も周囲の石積みの城壁も、ガラス片も、飛び立っている。歌声に魅入られたかのように、見える物全てが吸い込まれているのだ。




 不思議だった。

 これだけ訳が分からないことが起きているというのに、全く怖くないのだ。


 なぜかその黒色は優しく見えたし、爆音なはずの歌声は聴き心地が良かった。

 馬鹿みたいな例えだが、それはまるでリリベルみたいだった。


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