人形遊びを好む魔女4
俺はこの時に初めて、死なない者の戦い方というものを見た。
生々しい音がした先を見てみると、魔女が足だけを残して中身をあちこちにばら撒いていた。
だが、すぐにその異常な景色は回復し、正常な状態の魔女が城壁の上に登場する。
率直な感想を言えば、気色悪いという他無いだろう。
石でできた拳に圧殺されても、悲鳴1つ上げずにケロリとした様相で這いずりを続ける。
這いずっている者が、素っ裸の女の子であるという前提をつけると尚更気色が悪く、見ている此方としては恐怖を感じずにはいられなかった。
一方的に攻撃されているのに、あのぼろぼろの魔女がトリスタ様に負けるという想像がつかなかった。
そもそも痛みを感じていないのだろうか。
実は全ての出来事に痛みを感じているが、何らかの方法でもって痛みに反応しないようにしているのだとしたら、それこそ気が狂っている。
他の種族は知らないが少なくとも人間は、痛みを感じるからこそ、痛みの元となるものから回避しようと、身体が反応したり頭が考えを生み出してくれるのだ。
痛みを受けても構わないという考え方で、死なない身体を活用する気概は、俺だけでなく他の皆だって考えることはしないと思う。
しかも、今回の場合でいえば、俺が隊長を助けるための時間稼ぎとして、囮となっているのだ。
魔女には恐らく何の得も無い。
だから、あり得ないと思った。
きっと全く痛みを感じないで済む方法が、あの魔女にはあるのだと思った。
そうでなければコイツは、この世で最も狂っている存在だ。
胸壁は投石で破壊し尽くされているが、辛うじて残っている部分もある。
隊長はその胸壁を背に倒れている。一生座る動作ができなくなった隊長が、未だに息をしていることが信じられない。
「クソッ! てめえのせいだ! てめえが魔女の管理をしくじったからこんなことになったんだ!」
この男は一体何を言っているのかと思ったが、自らが間も無く死ぬことを考えると、誰でも良いから八つ当たりできそうな奴に文句を言っているのだと分かった。
人が不条理に下半身を失って、死にたくも無いのに、もうすぐ死ぬのだと知った時、その不条理に対する怒りを嘆きの感情を爆発させずにはいられなくなる。彼は、死ぬ覚悟ができていない人間なのだ。
「人殺し! てめえは人殺しで仲間殺しだ! だから、お前は『ヒューゴ』なんだよ!」
ただただ、俺は彼の手当てをすることも無く、黙って八つ当たりの言葉を聞いていることしかできなかった。
『ヒューゴ』という名前はこの大陸に来てからつけられた名前だった。
数ある奴隷を判別するためにも名前は必要だったから、特に名乗る名前の無かった俺は、俺を管理する者からヒューゴと呼ばれるようになった。
当然、愛されて名付けられた訳では無い。
この大陸においては忌み嫌われた名で、新たに生まれた子どもにつけるような名では無い。もしその名をつければ、きっと他の子どもに虐められることになるだろう。
御伽噺の主人公になる程の名前と言えば聞こえは良いかもしれないが、そのヒューゴは大罪人なのだ。
確か、力持ちの男ヒューゴが国で1番強い者が誰であるか気になって、怪力話で有名な男や、腕が立つ剣士に勝負を挑むという話だった。
ヒューゴはとても強く、どんな奴が相手でも全てを倒してきた。
その強さに興味を持った国王が、ヒューゴの戦い様を見たくなって民衆を集めた場で、国1番の腕を立つ騎士を用意して戦わせた。
そして、ヒューゴは騎士に勝ち、国中の誰もがヒューゴの強さを認めることになった。
しかし、ヒューゴはまだ自分が国で1番強い存在であるか確信が持てなかった。
だから、国1番の権力者である国王の首を切ってしまった。1番偉いのだからきっと強いのだと勘違いしてしまったのだ。彼は次に2番目に偉い王女を切り殺した。
目の前で国王と王女は殺されたことに怒り狂った民衆は、集団でヒューゴに襲い掛かり、そして彼は形も残らない程殴り殺されてしまった。
過ぎたる力を持つ者は災いを引き起こすという教訓を持った昔話なのだが、どうやらこれは実際にあった出来事のようなのだ。
しかも、実際のヒューゴは更に狂人だったらしく、彼は王女を人質にして、民衆と兵士たちの前で王女を犯したとも聞かされている。
国王と王女を殺される場面を見たら、普通なら民衆は逃げ惑うだろうが、王女を犯されたというのなら怒り狂って襲い掛かるのも納得する。
つまり、御伽噺のヒューゴだろうが、実在したヒューゴだろうが、その名前は最悪な男の名前なのだ。
隊長やその他大勢の者は、わざと俺の名を呼ぶことで俺を貶していたのだ。
ただ、カネリは別だ。
あいつはヒューゴの名の由来を聞かされていない。わざと他の誰からも教えられていない状況にされている。
俺を貶すことに全力を尽くしている隊長の姿は哀れだった。
てっきり「このペンダントを家族に渡して欲しい」とか「俺の代わりにこの国を守ってくれ」とか、俺の心を突き動かすような言葉を言ってくれると期待していたのだが、最後の最後まで口汚かった。
新たな投石が飛来してきて、近くの城壁にぶつかってきた。
破壊された城壁の破片にぶつかり吹き飛ばされて転がるが、すぐに身体を起こして隊長の身を確認する。
バラバラに砕けて小さくなった石は、燃え転がりっていき、隊長の上半身を着火させていた。
熱さに耐えかねた隊長は、芋虫のようにのたうち回っていた。もちろん俺への恨み言も忘れていない。
「もう、ここに用は無くなったね? それじゃあ逃げようか」
随分と近くから声が聞こえると思ったが、どうやら吹き飛ばされたすぐ足もとにぼろぼろの魔女がいたようだ。
彼女は俺の足を掴み、何らかの行動を起こそうとしていた。
せめて隊長の火消しをしてからと思ったが、足に鋭い痛みを感じて、無理矢理身体の全ての部位を真っ直ぐにさせられた。
自由は効かなくて、その場に倒れ伏して、魔女と共に仲良く寝転ぶ羽目になる。
「人形遊びは程々にね? トリスタ様」
「はっ、殺し易くしてくれるとは思わなかった。とんだ間抜け!」
トリスタ様の叫びと共に、頭上から石の塊が降り注いで来るのが見えた。
当たれば絶対に死ぬ。
それ程の物体が、勢い良く落ちてきている。
焦る俺とは対照的に、すぐ真横で余裕そうにふふんと鼻を鳴らす音が聞こえた。
それからは全てが一瞬だった。
『瞬雷』
「ぎゃ――」
ほんの一瞬だけ、トリスタ様の叫び声が聞こえて、身体が発火したような姿が見えたような気がした。
だが、実際は分からない。見間違えかもしれない。
あまりにも一瞬すぎてその光景を目に焼きつける前に、光で目が焼きついていた。
目は何も見えないし、耳は何も聞こえない。
身体は何かに吹き飛ばされて、宙を舞っているように感じる。
後、胸元に何かがへばりついている気がする。




